「素晴らしいロシア文学」私のちいさなお葬式 R41さんの映画レビュー(感想・評価)
素晴らしいロシア文学
2019年ロシアの作品
ウクライナ戦争前日(比喩)の作品
そしてこの作品は、日本でいう純文学に近い。
未だ読む気になれないが、ロシアと言えばトルストイやドストエフスキーなど数多くの偉大な文学作家を輩出している。
この作品にもその片鱗を窺うことができる。
まず気づくのが挿入歌
1963年日本で大ヒットしたザ・ピーナッツの「恋のバカンス」
これを1965年にソ連がリメイクしたものが使用されている。
この些細な設定は、監督が日本に対して何らかのメッセージを届けたかったのかなと感じた。
さて、
鯉だ。
この作品の原題名Karp otmorozhennyy 意味は「凍った鯉」
鯉とはいったい何だったのだろう?
おそらく鯉は想い出の象徴で、その中心地にいるのがオレクだ。
もちろん視点はエレーナ
この物語に描かれているのが過去
エレーナがかなり深刻な心臓病だということを診断されたことで、彼女は無の周りの整理をし始め、同時に自分が死亡したことを証明して諸々の手続き総てを他人任せにせず自分で行うという奇妙な行動をとる。
つまり、コメディタッチだ。
オレクにしても都会の会社で忙しい毎日を送っていて、恋愛さえしていない。
真っ白な高級外車とぬかるんだ実家の前
田舎特有の着古された衣類と都会のファッション
届かない電波
古い家と貧しい生活
母が倒れたと聞き駆け付けたオレク 実に5年ぶり
体裁上の嘘は、この地域のみならず、概ね世界中にあるのだろう。
失踪と偽り実は収監されている人
エレーナもオレクのことを「忙しい」からなかなか実家に顔を出さないと友人たちに言っている。
あの舞台の町は、古く朽ちて行ってしまう想い出そのものかもしれない。
オレクは母を病院から実家まで送るが、会社からの電話が絶えない。
母にとって最新の製品など使ったこともなく、車の中で突然話し始めたオレクや、携帯電話で話し続けていることよりも、俺にに何かおいしいものを食べさせたい。
しかしまったく会話はかみ合わず、実家にもかかわらずその古さと汚さに何も触れたくないオレク
母が見送りに出てくるのを待つことさえせずに、早々とホテルへ引き上げる。
ただ、
オレクには一抹の想いがまだ残っていたのだろう。
途中で車を停め、一瞬母の顔を思い出す。
さて、、
死んでもないのに棺桶まで用意して葬儀の支度を始めるエレーナ
彼女の奇行に友人たちが駆け付ける。
同じ年代の友人たち
エレーナの気持ちを汲み取りつつも、病気ではないので、死を実感として捉えられない。
しかし、エレーナの奇行によって皆で会う機会ができ、教え子たちとも会う機会をえる。
そしておそらく、自分が死ぬということを意識したことで、この日常の一瞬一瞬がとても貴重なものに思えてきたのだろう。
心臓病でいつ発作が起きて死んでもおかしくないと言われた直後から、教え子がくれると言った鯉を〆ようととする行為を止める。
この恋を冷凍庫に入れ、オレクのための食事用に解凍 ところが生き返った。
この生き返ったという点が非常に文学的でメタファーで多義的でありながらこの作品の中心を示している。
物理的に聞き返った鯉
比喩的には暗示で、失いかけたオレクが戻ってくることを示唆している。
オレクは何か変なセミナーで儲けているが、彼はそれを「成功」と位置づけ、どうすればみんな成功できるかというセミナーで稼いでいる。
それは誰もがしていることで、その事が正しいと思い込んでいる。
オレクにとって鯉は非常に厄介なもので、母の大切にしているものだが、車のキーを飲み込んでしまったもの
厄介さは彼の現在の仕事と母とどっちが大切なのかを問いかけており、それをオレクが認識してしまっている。
母に含まれるのが実家であり田舎であり想い出であり、過去ではあるものの現在でもある。
エレーナは友人に嘱託殺人を依頼
しかしどうしてもそんなことはできない。
友人と一緒の食して酒を飲んで、酔って寝た。
友人はオレクにメールした。
オレクは母が死んだと勘違いしてやってきた。
そして、お決まりの反省と涙。
しかし息をした母に驚き、怒り、キーを投げつけた。
感情をぶちまけてしまえば、落ち着いてしまうのだろう。
鯉からキーを取り出す方法を獣医に相談し、必要なものを買うために売店へ行く。
ナターシャ
オレクの元カノだが、今はろくでもない男と付き合いアル中になっている。
想い出 人生の分かれ目 荒んだ心
オレクは、彼の生き方の延長線上に今のナターシャを見たのかもしれない。
人生において、転換点は必ずある。
概ねそれは迫られるような選択を求められる。
それを選択だとみなさないでいることもできる。
久しぶりに食べた母の手料理
毎日ジャンクフードしか食べてなかったのだろう。
眠れずに引っ張り出したアルバムと、昔隠れて吸っていたタバコ
外に出てタバコを吸いながら、この場所について考えてみた。
「もっと母さんと話したかった」
これがオレクの本音で、ほとんどの人が思うこと。
オレクはタバコを吸いながら、自分に本心を尋ねたのだろう。
やがて鯉を持ち出し湖に放流した。
都会生活としばらく決別して、幾日もないかもしれない母との生活に寄り添うことに決めた。
眠る母の脇に立つ。
オレクが決めたこと。
凍った鯉の復活は、まさにこのことを暗示していた。
この純文学 素晴らしいロシア文学だった。
この、都会と田舎 日本でも多くの人が感じるのではないだろうか?
監督はこの部分に日本に向けてメッセージしたのかもしれない。