「晩年の親子間の愛情」私のちいさなお葬式 しずるさんの映画レビュー(感想・評価)
晩年の親子間の愛情
夫に先立たれ、田舎街で独り暮らしの元教師・キャシー先生。心臓の不調で、いつ心停止してもおかしくないと告知される。一人息子は都会で仕事に追われ、5年に1度帰省するかどうか。手を煩わせない為に、自分の葬式や墓の準備を一人で手配し始めるが…。
元教師の、独立心とプライドある老母という主人公のキャラクターが、ちょっと丸めの外見や服装の雰囲気まで、亡き母親に被って見えた。
持病で体調が芳しくなく、色々と思うところがあったのだろう。やはり自分で共済会に加入し、積立てを済ませ、もしもの時はここに連絡するのよ、とよく口にしたが、またそんな事を言って…と、私はハイハイと聞き流していた。
「間に合わなかった」「もっと話したかった」「まだ時間があると思っていたんだ…」と、涙を流した息子と同じく、日々の雑事に後回しにされ、いざ事が起こるまで、実感も深刻さも、理解するのはなかなか難しいものだよなぁ。
主人公以外の登場人物も、実家にご無沙汰の一人息子、口は悪いが人情家のお隣さん、大人になっても恩師に頭の上がらない教え子達、杓子定規なお役人と、どこかにいそうな人達ばかり。
また、ロシアでは国民的なヒットソングだという『恋のバカンス』が彩りを添え、我々日本人には殊更物語を身近に感じさせる。
登場するおばあちゃん達が皆素晴らしくチャーミングで、行動的で逞しい。
『天空の城ラピュタ』のドーラに、言動がそっくりなおばあちゃんと、外見がそっくりなおばあちゃんが登場して、ジブリの年寄りキャラが大好きな私は、うわぁ、こういうお年寄りホントにいるんだぁ!素敵!!と、一目惚れした男子中学生の如きハイテンションになった。
【死】を主題にしていながら、常識を越えた主人公の行動や、思わぬ方に転がる展開が滑稽で、あらあら、クスクス、ハラハラ、ほっこりと、悲しく深刻な気持ちにならずに、リアクションを思わず声に出しながら、終始楽しく見る事ができた。
かつての息子の恋人は、貧困とアル中、夫のDVで落ちぶれた暮らしをしている。教え子皆に優しく親しげなキャシー先生が、彼女にだけは嫌悪と警戒の表情を見せる。仕事の忙しさや都会との距離だけでなく、そういった干渉を煩わしく思う気持ちも、息子にはあっただろう。
食卓に息子の好物を並べ、成功を誇らしげに、「今幸せかい?」と問い掛けた母に、何かを呑み込むような表情で、息子は小さく頷く。そして、急に打ち解けた様子で、思出話に花を咲かせる。
老いて弱った親を受け入れるのは寂しい。かつて強圧的で逆らえなかった存在も、その実ただの感情的な一人の親でしかなく、その根底には、良かれ悪しかれ自分への強い愛情がある。大人になった今はそれが解る。そして残された時間はそう長くはない。
だから彼は、魚と共に、母へのわだかまりも水へと流したのかも知れない。
物語に登場する鯉が、主人公を象徴するような面白い役回りを果たすのだが、最後もう一捻りオチがつくかと思いきや、あっさりふんわり終わってしまった。
ラストシーンは、あまり明確に語られない。観客の見方によって、異なる結末に受け取る事ができる。
魚はキリスト教では重要なシンボルとされる。母への愛情を伝える為の時間を、魚が与えてくれた。彼らはそのギフトをもうしばし享受する事が出来たと、私は思いたい。