「キューとのび太、互いの成長に心温まります」映画ドラえもん のび太の新恐竜 りょうさんの映画レビュー(感想・評価)
キューとのび太、互いの成長に心温まります
父子で鑑賞しました
恐竜の赤ちゃんに対するのび太の懸命なお世話と、ミュー、キューのかわいらしい成長に、
息子(5歳)は常に満面の笑みを浮かべていました。
私が子供のころから慣れ親しんできたドラえもん映画。
父としての自分も重ねながら観させて頂きました。
のび太は、恐竜を「育てる」ことによって「大人」になり、「親」になり、そしてまた、「子」の姿をみて、自分自身の弱さに気づき、時に葛藤しながら自らも成長して新たな関係を築いていく—
最後の方では、子供に知られないようにこっそり涙ぐんでおりました。
子供にもわかりやすいシンプルな構成ながら、深いところは深く。
そして、誰もがお楽しみの秘密道具は満載です。
「謎の男性」の声をつとめる木村拓哉氏。『ハウルの城』以来、いい意味の渋さが出てさらに好印象でした。
CG描画もうまく調和させたであろう、リアルな恐竜群や、
最後の迫り来る大ピンチ!!での臨場感は、大人が観ても圧巻です。
のび太と恐竜の成長になぞらえて、全体に何か副題をつけさせて頂くならば
『進化は、生命の努力と成長の歴史である』
となるでしょうか。
本当に心温まりました。
コロナ禍で心配されている方もいらっしゃるでしょうから念のため。
私はオンライン座席指定の館で観ましたが、予め1席ずつの間引きを遵守されていることはもちろん、当日混雑もせず、始終安心した気分で観られました。
売店で購入した映画パンフレットには、子供が喜ぶ恐竜やドラえもんの紙工作とともに、
過去のドラ映画リストがあり、なつかしい気持ちになりました。
この苦難の年を含め、脈々と続けれてこられたドラえもん映画に感謝してやみません。
よいコメントで、読ませて頂き感心・感動しました。
私自身はこの20年ほど大学教員をしておりますが
>>のび太は、恐竜を「育てる」ことによって「大人」になり、「親」になり、そしてまた、「子」の姿をみて、自分自身の弱さに気づき、時に葛藤しながら自らも成長して新たな関係を築いていく
という部分を読ませて頂き、人は人と関わるのを拒否し続ければ成長せず、「育てる」人との関係性によって、葛藤しながら自らも成長して新たな関係を築くものであり、親と子、教師と生徒・学生、先輩と後輩、上司と部下、みんなそうなのではないかと気付かされました。
つまり、大学教授の私も、学生を「育てる」ことによって「オトナ」になり、「学生」の姿をみて、自分自身の弱さに気づき、時に葛藤しながら自らも成長して新たな関係を築いてきたのだとよくわかりました。
この映画を見た際には感動はしたものの、上記のことには気づきませんでしたので、このような気づきになるコメントを読ませて頂き感謝しています。
のび太の成長が顕著に表れているのは、小説版の以下のような部分です。
「キュー......。さっきはごめんね。『なんでみんなと同じにできないの?』なんて言っちゃって……」「キュウ……」「ぼくね、わかったんだ。みんなと同じになりたいんじゃない。ぼくね、できなかったことをできるようになりたいんだ」(p. 185)
「ひどいこと言ってごめんよ。ぼくだって何もできないのにさ」「キュー……」「でも、ぼく、いつかできるようになってみせるよ。だからキュー。君も」(p. 186)
これはまさに、のび太が自分自身の弱さに気づき(awareness)、それと向き合い葛藤することで成長できたことを表しています。
結局、『ドラえもん のび太の新恐竜』は、初代の『ドラえもん のび太の恐竜』と同様に、のび太が恐竜を育てることによって、自分も成長する、ある種のビルドゥングス・ロマーン(教養小説)的なストーリーで、恐竜を育てるのび太は数々の気づき(awareness)によって、より人の気持ちのわかる人間になるということだと思いました。