「スピルバーグの危機感を見る」ウエスト・サイド・ストーリー スイゴウたんさんの映画レビュー(感想・評価)
スピルバーグの危機感を見る
前作は91年梅田OSのシネラマ最終上映で衝撃の初体験。原作ミュージカルはロビンス振り付けで3回観た。「シンフォニック・ダンス」は演奏機会に恵まれて、フルスコアも買った。という視点でのレビューです。
極論すれば、前作は『ミュージカル映画』、今回のリメイクは『スピルバーグが映画でミュージカルを表現した作品』という印象。冒頭でリンカーンセンター取り壊し中=前作のことはいったん忘れてください、と観客に求めているから、努めてそうするのですが、前作(と違っていると分かることが)前提の演出が随所に出てくるので、ちょっと戸惑った。
物語の大筋は、前作を踏襲しているけど、その描き方は大きく異なる。特に、登場場面が前作と異なる楽曲が多いので、その違いを楽しむのは一興。言い換えると、前作と同じ場面で流れる楽曲は、まさに作品のスタンダードなのでしょう。
個人的には「One hand, One heart」の歌詞変更と、大詰めでマリア(とトニー)が歌うナンバーの入れ替えに、大きな違和感があった。原作での 「Only death→Even death」の流れの方が、歌詞に込められた二人の決意の強さが際立つし、「Somewhere」は最後に歌われることで、初めて音楽的寓意が成就する。こうした部分を変更すると、作品のもう一つの主役である音楽の意味が大きく損なわれてしまう。
それでも製作陣は、これらの変更を大胆に導入した。さらに移民間の対立をより強く打ち出すなど、全体として味付けを濃くしたと感じる。
それはたぶん、「ここまで簡明にしないと、今の観客には伝わらない」というスピルバーグの強烈な危機感があったのだと思う。特に、アメリカを覆い尽くす分断主義者の人々には、ここまで簡明にしても彼の伝えたいことは響かないように思える。それでも彼は、手を取り合おうと訴えずにはいられなかった。その危機感が今回の作品の影の主役だと思う。
映像は流石の美しさで見惚れてしまう。だけど、前作の「ミュージカルの舞台です」という描写も捨て難く、甲乙つけ難い。個人的には「Mambo」と「America」は断然前作が好みですが、「I Feel pritty」は今作が上手い。そしてなんといってもモレノが歌う「Somewhere」の素晴らしさ。ここは、ミュージカル→前作→本作と全て歌い手が異なるのですが、本作での舞台設定変更がもっとも効果的に働いたのが、この曲だと思う。私はここで泣きました。客席のあちこちでもすすり泣きの声がした。
モレノの好演は当然として、マリア役は大熱演。トニー役はもう少し運命に振り回される感覚があってもよかったか。また、本作で一気に重要度が増したチノ役が、いい演技で期待に応えていると思う。チノの描写の深化は、ドクのドラッグストアの仕掛けと並んで、本作の大きな見どころでしょう。
81年にミュージカル全曲をレコーディングした際、作曲者のバーンスタインは
「この作品が描いたテーマがいまだに時代遅れになっていない、ということが悲しい」
という趣旨の発言をしている。それはそのまま21世紀の今に当てはまるように思える。スピルバーグの危機感の源は、たぶんここにあるんじゃなかろうか。