「古典と現代の融合」犬王 よっちゃんイカさんの映画レビュー(感想・評価)
古典と現代の融合
僕は毎月歌舞伎を見に行く。
従って歌舞伎の物語の題材になることが多い平家物語、そして歌舞伎よりも古い伝統芸能「能楽」の誕生にまつわる話ということで期待を膨らませて行った。
冒頭、いきなり現代の街の描写から始まるので驚く。
その後琵琶法師(友魚)が琵琶をかき鳴らして犬王の話を始める。
これで一気に現代から古典の世界へ観客はタイムスリップする。
音楽も鼓や琵琶を使いながら現代楽器ともコラボして、テンションが上がり上々の掴み。
そして、友魚が盲目になる場面が描かれる。
歌舞伎で言えば発端にあたる部分。
平家が海の底へ持っていった草薙剣を引き上げ抜いたことによって父は死に友魚は盲目になる。
ここら辺は因縁話めいていて面白い。
そしてここで興奮したのが平家蟹の話が出てきたこと。
これだけでも古典好きとしては満足。
そしてそこから琵琶と出会い都へ行き犬王と出会う。
そしてクライマックス。
南北朝を統一した義満が平家物語を一つにまとめ、犬王の舞を否定して藤若の舞に統一する。
ここで義満が権力者としての怖さを見せた。
それまではどちらも大手を振って興行できてたものが、権力者の言葉によって正統と異端にわけられる。
義満次第では犬王の曲の方が現代に残っていたかもしれない。
権力と芸能の関係とはどうあるべきかという問いかけになっていて素晴らしい。
最後の方音楽のない中で優美に舞を舞う犬王の姿が悲しい。
そこから最後、冒頭の現代の街中の場面に戻って友有と犬王が再会する。
そこから2人が自由に踊る。
今ある能楽の曲は当時から現代まで作られてきた膨大な曲の中のごくごく一部だ。
現在でも能楽師の方は復曲と言って忘れられた曲を復活されたりする。
その忘れられた曲の中にも人々の魂はこもってる。
そんな事を感じた。
そしてもう一つ。
津田健次郎さん演じる犬王の父が素晴らしい。
ライバルに心を乱され、完璧を求めるが余り息子までをも犠牲にするまでの闇堕ちの過程を丁寧に描写していて人の妄執がよく伝わってきた。
この犬王の父のシーンはそれまでの伏線が回収されていって野木さんが脚本を書いてるという事を思い出されたし、鳥肌が立った。
さて、ここまで手放しで絶賛してきたがいまひとつな点も幾つか。
まず作画と音にズレがある箇所がいくつかある事。
そして、声優さんが津田健次郎さん以外は今ひとつな所。
途中のライブシーンがいくらなんでも長すぎる所。
途中から琵琶がエレキギターに変わってることにすら気づかなかった(琵琶でロック風の音楽を弾いてると思っていた)程興奮していた僕ですら途中寝そうになってしまった。
そしてアヴちゃんさんの歌がもう一つな所。
いや、ロックスターとしてはとても歌が上手いのかもしれない。
しかし、犬王が演っているのはあくまで猿楽である。
ロックみたいに斬新な猿楽であったとしてもお客さんに伝わることが大事であると思うので、途中の腕塚とか歌舞伎で昔の言葉に慣れてるはずの僕でも何を言ってるのか聞き取れなかった。
犬王の気持ちとしても周りについてる平家の霊の物語を伝えるというところが大事なんだからもっと伝わるように歌ってほしかった。
最後に、この映画を観ると世阿弥から始まる現代の能楽が悪者のように思う人もいるかもしれないが、「余分なものを削ぎ落とす」ことで美を作り上げた能楽も素晴らしいという事をお伝えしておきたい。