劇場公開日 2020年8月21日

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「単糸、線を成さず」糸 つとみさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5単糸、線を成さず

2024年4月6日
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鑑賞方法:映画館

時代遅れなラブロマンスを心配していた私は完全に杞憂だった。いや、ベタだよ?ベタはベタよ?
ただ、確実に2020年に公開される映画に相応しい、芯のある映画だった。いや~、良かった!
何だか、沢山泣いちゃった気がする。後半色々と畳み掛けてくるんだもの。

あらすじに堂々とラブストーリーと銘打たれているけど、実際は群像劇に近い。その中でもこの映画の芯になっているのが、菅田将暉演じる漣と小松菜奈演じる葵の「二つの物語」なのだ。
一本のラブストーリーと思わせておいて、実は二本の人生模様として紡ぎ出されていくのだから、なかなか心憎い。

みんな心に一本の糸を持っている。伸ばしたい先、未来がある。自分のか細い糸を必死に伸ばすけど、自分ではどうにも出来ない大きな力の前に断ち切られてしまうこともある。
それを表現する事象として「平成の出来事」が登場する。
一見関係ないようで、それらの事件や出来事は糸たちの結び目を変え、流れを変え、繋がる先を変えていく。

大小様々にスクリーンに映し出される登場人物たちのドラマは、それ単体でも映画に出来るほど濃密に感じる。
しかも演じるキャストが豪華!
例えば東京に出た葵を見初めて支える水島社長。彼が沖縄の浜で垂らす釣糸は、彼の持つ糸が繋がる先を求めて漂っているように感じる。
演じている斎藤工がまたカッコいい。あんな菅笠を被って似合うのは、斎藤工かベトコンくらいだよ(褒めてます)。

本当は榮倉奈々演じる香と香の父の行動について書きたい気持ちがあるんだけど、これは是非映画を観て体験して欲しい。
父と娘の仕草に、親と子の間に受け継がれる糸の存在を感じて、もしかしてこれがこの映画のベストシーンなんじゃないかと思ったほどだ。
あと、結ちゃんは卑怯。ホントにね~、結ちゃんのシーンで2回は確実に泣いてるね!

個人的に気に入っているのは、悲劇のヒロインのように登場した葵が「男に助けられなければ生きていけない」母親のような女の生き方ではなく、自分が誰かを助けるような人生を勝ち取ろうとしているところだ。
痛い思いをしたからこそ、痛みに寄り添える存在になりたいと誓い、苦難にあっても悔し涙を飲み込む小松菜奈の葵はカッコ良かった。

映画全体を通して、今までに起きたこと、出会った人、それらが何度も繰り返して繰り返して、変わらずに強調されていったり、あるいは登場人物の変化を促したりする演出がとても上手くハマっている。
糸が少しずつ太くなり、沢山集まって布になるような感覚が確かにある。

この糸がどうやって手繰り寄せられていくんだろう、と思って観ている私たちもまた一本の糸だ。
映画館に座って、彼らを見つめる糸たち。映画に登場するそれぞれの糸に、寄り添ったり離れたりしながら、エンディングを迎えたときに確かに自分もこの糸たちが織り成す布の一部になっていたのだと感じる。
「もしもあの時」や「たられば」の数だけ、織り上がった布の模様が違うだけで、切れたりほつれたりを繰り返しながら、やっぱり人生という布が織り上がっていくんじゃないだろうか。

何故巡り逢ったのかは、振り返ってみるまで誰にもわからない。でも確かに巡り逢ったからこそ、今の自分が存在している。
何かに失敗しても、離れてしまっても、降参するまで人生の勝負は決まらないし、勝つまでやれば絶対に負けない。
そしてその勝負を支えてくれるのは今までに出会ってきた人たち。
振り返って「仕合わせ」だと思えたとき、きっと自分の糸は色々な糸に巡り逢い、支えられていると気づけるのだ。

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つとみ