「金持ち妻と結婚し、娘をもうけ、有閑階級たちと退屈な日々を送るフェル...」気狂いピエロ りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)
金持ち妻と結婚し、娘をもうけ、有閑階級たちと退屈な日々を送るフェル...
金持ち妻と結婚し、娘をもうけ、有閑階級たちと退屈な日々を送るフェルディナン(ジャン・ポール・ベルモンド)。
ある夜の退屈極まりないパーティを切り上げてひとり自邸へ戻ったところ、昔の女マリアンヌ(アンナ・カリーナ)と再会した。
彼女はベビーシッターとして妻の兄に連れて来られたのだ。
退屈な日々から刺激的な日々へ・・・そう思っていたフェルディナンはマリアンヌと自邸を出てホテルで一夜を共にし、翌朝、彼女が暮らしているという政治結社の部屋へ向かうとそこには死体が転がっていた。
マリアンヌの兄がいるという南仏へ、フェルディナンとマリアンヌの逃避行がはじまる・・・
といったところからはじまる物語で、物語的には『勝手にしやがれ』と大差がない。
ファム・ファタル(運命の女)によって事件に巻き込まれるノワール映画だが、ノワール(黒)といいながらも、明るくカラフルでめちゃくちゃペラい。
ペラいなんて言っちゃいけないのかもしれないけど、このペラさは狙いだろう。
ペラい画面の隙間を埋めるのが、哲学的(にみえるが、単なる言葉遊びにしか見えないこともない)なモノローグと短文。
フェルディナンがしたためるメモの言葉、それに絵画のショット。
フランス語がわからない日本人なのが残念に思えて仕方がないのは「言葉遊び」の方で、「愛」「死」「戦い」など思わせぶりな単語の羅列と組み換え・変化は、落語でいうところの「地口」のようなものなんでしょう。
高尚なようで高尚でない。
そこがミソ。
『気狂いピエロ』なんて思わせぶりな日本語タイトルが実はあまりよろしくなく、マリアンヌが何度も何度もフェルディナンをそう呼ぶのだけれど、ニュアンス的には「おバカなピエロ、馬鹿ピエロ」といった愛嬌を込めての呼び方。
ジャン・ポール・ベルモンド演じるフェルディナンは、『勝手にしやがれ』のミシェルの延長線上にあるように思えるが、決定的に異なるのは、フェルディナンがインテリ志向で軟弱、根性なしのヘタレ、だということ。
タフガイにあこがれるインテリヘタレ。
だから「馬鹿ピエロ」。
「兄が助けてくれる」というマリアンヌの言葉を信じてしまう「お間抜けピエロ」でもある。
(兄ではなく情夫だった)
最後は自暴自棄でダイナマイトを頭に巻き付け自殺を図るが、火のついた導火線から爆発へと瞬時にカットは変わるが、あそこは火を消そうとして焦ったんだよね、実は。
ということで、「まぬけな馬鹿ピエロの最期」というのが相応しい。
30数年前にフィルムで観たときには(ニュープリントだったが)あまり発色が良くなかったが、今回のデジタル2Kレストア版では明るくカラフルで画面の魅力が増大。
特筆はラストシーンで、「海と空が溶け合って・・・」というのが、フィルムではカメラがパンし始めたときから海と空の境界線がはっきりしない感じだったのが、パン当初は境界線がくっきりと浮かび、太陽をとらえた時点で「溶け合って」とひとつになる感じがよく出ていました。
笑うとときどき下品になるアンナ・カリーナは、ファム・ファタルにうってつけですね。