「ゲームの中で漫然と暮らす人々に現実を重ね合わせたドラマにSF映画へのオマージュを盛大にブチ込んだ仮想世界版『アルプススタンドのはしの方』」フリー・ガイ よねさんの映画レビュー(感想・評価)
ゲームの中で漫然と暮らす人々に現実を重ね合わせたドラマにSF映画へのオマージュを盛大にブチ込んだ仮想世界版『アルプススタンドのはしの方』
主人公のガイはとある銀行の窓口担当。毎日決まった時間に起きコーヒーショップでいつものコーヒーを買って出勤し帰宅するという短調な日々を送っている気のいい男。ガイの暮らす街では“サングラス族“と呼ばれる無法者達がやりたい放題で銀行やコンビニを襲ったりカーチェイスや銃撃戦に興じているがガイ達にとってそれは日常茶飯事、何の疑問も持たず暮らしていた。ある日ガイは“サングラス族”の一人モロトフ・ガールに一目惚れ、その出会いに運命を感じたガイは思わず彼女の後を追うが、その行動が彼のルーティンを変え世界を変えていく。
終幕の際、隣の席にいた女性が「最高!」と呟きながら号泣していたことが全てを物語っているわけですが、本作はとんでもない傑作です。
“サングラス族”ではない、ガイと街の住民がただ同じ毎日を漫然と繰り返している情景は我々の姿そのもの。ビーチでこの世界が作られたものであることを悟るガイは『ダークシティ』で世界の果てに辿り着いた主人公マードック。ルーティンを破ったことで手に入れたサングラスでその世界の秘密に触れたガイは『ゼイリブ』でサングラス越しに世界が異星人に支配されていることを知ったホームレスの主人公パイパー。銀行で守衛をやっているガイの親友バディがガイに勧められても頑としてサングラスをかけないのは『マトリックス』で自身が仮想世界の住人であることを知りながらそこに留まることに固執するサイファーと同じ心情。仮想世界は今まで無数の映画で描かれてきましたが、大抵は現実世界の人間がアバターを纏っていたのが大多数。ただプログラムされた通りに振る舞うだけの仮想世界の人々に自分達を重ね合わせるという視点はありそうでなかったもの。SFラノベの傑作『神は沈黙せず』で描かれていた世界観に似ていますが、本作にあるのは“やりたいことをやればいい“というシンプルかつ力強いポジティブなメッセージ。モロトフ・ガールに導かれて『フリー・シティ』のルールを知ったガイが彼女と肩を並べるべく自分なりのやり方で経験値を上げていく様が現実世界にも影響を与えていき、現実世界と仮想世界の双方で繰り広げられるサスペンスが終盤のクライマックス。ここで大胆にブチ込まれるのはSF映画に対する溢れんばかりのオマージュ。投げつけられるネタの一つ一つがどれもど真ん中ストレートなので全部を受け止めるのが大変。個人的には物語に歌詞が寄り添うジョーイ・スキャベリーのアノ歌に涙腺が崩壊しました。しかし実はここまで書いたことは全部ただの前フリに過ぎません。えーと予告にも一切描かれていないことがこの物語のコア、これがもうとにかく「最高!」です。
他にも山ほどネタが仕込まれていますが、モロトフ・ガールことミリーが『フリー・シティ』で収集しているバイクが全部ドゥカティであるところとか、ザ・ロック、ジョン・クラシンスキー、ヒュー・ジャックマン、クリス・エヴァンス、チャニング・テイタムといったいかにもシャレがわかりそうな人達が協力しているところとか、もう何杯でもどんぶりでお代わりできる贅沢極まりない映画ですが、敢えて本作を一言で表すならば、仮想世界版『アルプススタンドのはしの方』。それくらい突き抜けた爽快さを纏った愛すべき映画です。