劇場公開日 2020年9月25日

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「二人の不器用な距離感と、それを表現した映像が興味深い作品。」マティアス&マキシム yuiさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5二人の不器用な距離感と、それを表現した映像が興味深い作品。

2020年9月27日
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鑑賞方法:映画館

日本では『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』が公開されたばかりのグザビエ・ドラン監督の作品。登場人物がフランス語を話しているので、ヨーロッパが舞台…?と思ってしまうのですが、フランス語圏のカナダ・ケベック州が舞台だから、だったんですね(ドラン監督の出身地も同地)。それもあってかオーストラリアの会社との電話でのやり取りが、言葉やちょっとした習慣の違いのために実際以上に距離感を感じるところが不思議。

幼なじみの二人が、成長してから互いの思いに気付くものの、取り巻く状況がくびきとなって…、という展開は、『ロニートとエスティ』を彷彿とさせますが、本作のマティアスらが身を置く友人達の関係性は、そもそもブロマンス的な色彩が強いため、もし二人の関係が明らかになっても、「おー、良かったじゃん」と祝福しそうな雰囲気なんですよね。それでも二人が思いを伝えられないのは、マティアスの婚約者の存在があるからなんですが、この心理的な距離感はちょっと分かりづらいため、この点に不満を感じる人がいるのも理解できます。

中盤から終盤にかけて、ある重大な事態が発生してしまいます。これまでの経緯からみても、この展開は予期できなくもないのですが、それでも観ている側の誰もが「それをしちゃダメだろ…」と頭を抱えたくなること必定です。それに加えて、登場人物が話している言葉がフランス語と言うこともあって、個人的にこの下りで映画『クライ(えへんえへん)』を連想してしまって、これから大変な惨劇が起きるんじゃないだろうか…、と勝手に動揺してしまいました。さすがにそこまではなくて、杞憂で済んだんですが。

本作のカメラは、主人公二人の不安定な心理を反映しているのか、常に不規則に動き、時に神経質さすら感じます。この意図の読み取りにくいカメラワークが、画面に緊張感を与えています。多くの商業映画がきちんとした作画文法を守ってカメラワークを決定していることを踏まえると、本作の表現は非常に個性的で、興味深いものです。これもまた、ドラン監督の作家性なのでしょう。

yui