「ずっと気になっていたが」パラサイト 半地下の家族 alalaさんの映画レビュー(感想・評価)
ずっと気になっていたが
地上波ノーカットでやってたので見ました。
でも珍しく日本disがないと思ったら、dis台詞だけ翻訳で消されたそう。誰に忖度したの?次は台詞もノーカットで頼みます。日本のイメージが外国でどう扱われてるか、そういうところでわかるから。
レビュー読み過ぎたせいか期待よりつまらなかったけど、テンポが良く最後まで見られました。
「前半はコメディ、後半はスプラッター」とレビューに結構書かれてたけど、コメディ…?
韓国のコメディは見たことがなく、それ目当てで見たのに肩透かし。下品なシーンやドン引き行為は沢山ありますが、特に笑えるシーンはない。ブラックジョークなら、ラストの金持ち息子のトラウマ上塗りしたとこかな。後半スプラッターもガッツリ血が出るかと思いきや全然で、血糊ありのドラマが平気なら全く気にならないと思います。
P-12がついてますが、これはエログロよりも大抵「親子間の大きな問題」とか「身内同士の殺し」とかを扱う映画によくついてる気がします。本作は親子で他人の性行為を見るシーンがあるせいかも。生々しいというか、欧米でよくある「ラブシーンは芸術!」みたいなのではなく、単純に不快(作中に1回だけでそこまで長くもない)。
不快な性的シーンは大抵、高尚なキャラにも下品なところが…と言いたい時に入れることが多いですが、本作の金持ち家族は別に「高尚」ではない普通の人達だし、何故このシーンを入れたのか…監督が言うには、半地下父が金持ち父を殺すきっかけになる大事なシーンらしいけど。
前半、半地下の母が「金があったら、あたしだってもっと良い人だ」みたいなことを言う場面があって、その時は確かに金があれば心に余裕ができて、それが他人に対する優しさとして表れることもあるだろうと思ったけど、見てるとこの半地下家族は余裕があっても良い人になるか?と段々不審に。
余裕があれば、嫌なことがあっても必要以上に苛々したり絶望したりせずに済むという意味で「金があればもっと良い人」と言ってるのかと思ったけど、見てる限り金があったらあるだけ贅沢したいし、その生活に慣れたら「もっともっと」と言い出しそうな感じ。
息子が友達に貰った幸運(財運?)の石を抱きしめ、「この石が離れてくれない」と言うのも、贅沢を諦めきれないという意味なのか?
本作だけで韓国人云々と言うのは失礼でしょうが、レビューでちらほら「韓国人がどういう考え方をするかがよくわかる」と書かれてて、実際見て成程と思ったのが、所謂欧米的な、何でも「上か下か」の二元論で判断する部分が強いところ。最近の日本もそうですね。
受賞は解せないとするレビューも沢山見かけ、自分も疑問です。ただ、強いて言うならこの「上か下か」思考を、視覚的にも視覚外(臭い)でも表現したのが大きいのかなと思います。それでも3つ受賞には懐疑的ですが。
近年の「白人優遇するな」の流れで白人ばかりを選びにくくなったために、黄色人種を仕方なく捻じ込んだ感はあります(黒人は『ムーンライト』で受賞済)。全然知らない監督・俳優の、外国の作品を受賞させても「え、誰?」って感じで盛り上がらないし、金にもならないってのもあるんでしょうが…公平にして欲しいですね。
ただ、アジア映画の受賞が非常に珍しく、快挙なのは勿論なんですが、記念すべき快挙の映画がコレ?という気持ちはあります。映画としての出来は良かった(単純に映像が綺麗だった、でも良い話だった、でもなく、「映像作品でないと表現できないこと」を上手く表現してた)んですが、でも賞3つ獲った!と言われると「この年は全然良い映画なかったの?」と思ってしまう…
韓国大統領は本作の受賞を誇りに思ってるそうですが…コレで賞獲って韓国人は嬉しいんか…?と思ってしまいました。今まで相手にされなかったのに、賞を3つも獲ったのはそりゃ誇らしいだろうけど…内容としてはただひたすら「卑しい」人の話で、先のビジョンもなくひたすら自分の得のために欲を掻いて落ちぶれる様を見ていると、段々呆れが勝ってきます。
本作には大きく分けて、主人公の「半地下家族」と、大豪邸に住む「金持ち家族」と、その大豪邸の地下に住む「地下夫婦」が出てきますが、この半地下家族は「金持ちの家で働くような奴らはすぐ次の職が見つかるだろうし、底辺の自分達がチャンスを掴むために蹴落としても構わない」という思考の持ち主。平然と文書偽造、人を貶めて職を奪い、勤める人を次々追い出していき、代わりに自分の家族を寄生させていく。が、今の金持ち家族が住む前からその豪邸にいた家政婦は、実は「すぐ次の職が見つかる」どころか借金まみれで家もなく、その夫は半地下より更に酷い生活をしていた。
金持ち家族は金のためなら何でもやる人間の考えなど理解できないし、考え付きもしないから、すぐ騙される。「嫌な奴ら」ではないが、家事も子供の勉強を教えるのも送り迎えも全部人任せの平和ボケ家族。
半地下息子は金持ち娘と付き合い始めるが、偽造文書で雇われたにも関わらず娘との結婚を夢想。いやー、こういう図太い神経だからああいうことできるんですね。最初に半地下息子が、金持ち娘の家庭教師やってる友達が留学するので代理を任されるんですが、あっさり裏切る。笑
単に貧乏で大学も行けないような奴が、金持ち娘に手出そうと思っても出せねぇだろwって意味で任せたなら納得。あの性格のどこを信頼できるのか、さっぱり…財運の石までくれたのにね(友人も金持ちで、大量にあって邪魔という理由でくれただけだけど)。
ただ、半地下勢があれだけ能力あるのに全員無職というのは韓国社会の現状がそれだけ厳しいと解釈できますが、それ以前にあの生活水準でどうやってそんな技術習得したの?特に妹の偽造技術やばくないっすか…Youtubeだけで学べる域超えてますけど…日本みたいに本高くないのか?
ストーリーは突っ込みどころ満載。でもそこは問題じゃないんでしょうね。伝えたいことを正確に伝えるために、細かい所は削ぎ落として骨太に纏めた印象なので、細かい所が気になる人には勧めません。
低評価の人達も、受賞がなければもっと良い評価をしたと思います。逆に他人の評価や受賞で高評価した人も多いと思うので、「受賞しなければ平均評価はもっと上がった」とは言いませんが(受賞がなきゃ見る人自体こんな多くなかったでしょうし)、3冠受賞で期待値上げ過ぎた人は多いと思います。
そういう人にとっての見所は、貧富の差を階段の高低差で視覚的に表している嵐のシーンかな。豪邸から逃げ出し、どこまで下りるんだよ!というくらい階段をひたすら下るあのシーン、あいつらとはこんだけ違うんだよ!この差を埋めるためなら犯罪だって何だってやるよ!!という半地下勢の絶望を感じます。
また、金持ち父の「(雇うなら)境界線を超えてこない人が良い」という台詞。最初は半地下父のことを「境界を超えてこない」と褒めるのですが、「でも、あの臭いが境界を超えてくる」。仮に本当に臭いわけでなくても、隠そうとしても隠しきれない生まれの差がある、という残酷な現実をよく表した言葉です。染み付いた「貧乏」は外見はもちろん思考にも影響を与え、自信を失い、振る舞いにもそれが表れる。金持ちは金があるだけでなく、振る舞いに自信が滲み出る。見下す言葉は使わないのに、遠回しに「貧乏人が形だけ装っても、所詮金持ちにはなれない」という分厚い壁をうまく表現しています。
本作の表現で一番良いと思ったのは、誰も貧乏人を積極的に差別してはいないところ。
自分は差別には「積極的な差別」と「消極的な差別」があると考えていて、「イエローモンキー」や「女のくせに」「黒人如き」みたいな、差別と聞いてすぐわかるものが「積極的な差別」。
それとは別に、同じだけ努力しても必ず片方が不利になる状況、または同じだけの努力すらできない状況が続いてるにも関わらず、それに関して根拠もなく「努力が足りないだけ」「放っておけば解決する」等、自分が何もしたくないがために問題に対して無関心でいようとする。格差があるのに、自分の立場を守るために格差はないと言い張る。こちらが「消極的な差別」。と(勝手に)呼んでいます。
消極的な差別は、積極的な差別によってできた格差を「間接的に」助長するため、一見差別などしてないように見えます。そのため、積極的な差別よりも圧倒的に見逃されることが多く、また差別と認識すらされないことも多く感じます。
今アメリカで表立って「黒人如きが!」なんて言ったらブン殴られるかもしれませんが、消極的な差別はどうでしょう。最近話題のBLM運動(「黒人の命は大事」運動。犯罪者とはいえ黒人が警察官に不審な殺され方をした事件をキッカケに最近再燃した)で「黒人だけでなく全ての命が大切。何故黒人だけ特別視するのか」という声が上がりました。
これは「他人種は何かあった時警察に守ってもらえるが、逆に黒人には警察が一番の脅威」だからで、黒人が今も「特別に注意しなければ簡単に命を失う状況に常にさらされている」ことを意味しています。しかし「黒人を特別扱いしてる」と主張する人々にとっては、「もう奴隷制などないのだから、黒人も自由に生きられる」「自由に生きられるのに我々と同じ生活ができないのは黒人が努力しないor遺伝子的に劣っているから」という前提があります。
教科書にはズラリと白人男性の偉人の写真が並び、博物館にも白人男性の偉人像が並び、黒人の写真は奴隷に関するものばかり。白人が黒人と肩を組もうとしても何とも思われませんが、黒人が白人と肩を組もうとしたら警察に声を掛けられたりします。そして、黒人は今でも親に「警察に殺されないために、声を掛けられたら絶対に逆らわないこと、笑顔でいること、手を隠さないこと、振り返る時はゆっくりと」等、小さい頃から何度も何度も厳しく躾けられるそうです。
そのように育った黒人が、奴隷でないからといって白人と同じ立場のはずがありません。しかし白人にはそれがわからない。全ての人に同じ態度を取れば「これで平等」と平気で言えてしまうわけです。勿論悪気はなく、差別撤廃を謳う人でさえ、そういう考えの人はいます。「自分は与える側であり、与える量を皆同じにすることが平等である」と考えているのです。「平等」と聞いてこちらを思い浮かべる人は多いでしょう。自分はあくまで「可哀想な人達に施す格上」であり、メリットがないのに「与えてやった」のだから、格下は頭を下げて有難がるべきだと。
しかし、元の土台を平らにすること、すなわち「与える時もあれば貰う時もあり、与えたり貰ったりした後の量が皆同じになること」が、本来の「平等」です。
本作の金持ち家族はどうでしょうか。使用人がいないと今の生活を維持できない人々ですが、貧乏人の臭いに顔を背けたり、窓を開けたり。「臭いから仕方ない」…そこで考えるのをやめてはいけないなと。単なる体臭ではなく「そこに住む人々特有のにおい」なのに、近くに住んでいるにも関わらず、無関心でそれを知りもしない人々…
さて、否定的な意見が多めのラストは、自分も犯罪者が感傷に浸ってるとしか感じませんでした。
半地下家族も一応、地下夫婦のこと気にかけてはいて、根っからのクズではないかもしれませんが…悪いことしかしてないのに逃亡犯を迎えに行ってうあ゙ぁ・゚・(´Д⊂ヽ・゚・あ゙ぁぁ゙ん…って、なるかい。何で感動っぽくした?
監督曰く「明らかな悪党も天使もいない」「適度に悪く、適度に善良で、適度に卑怯で、適度に正直な人々が縺れて破滅する」「(半地下家族は)悪党ではない、ただ誤っただけ」。
え?明らかな悪党じゃないの?適度に善良で適度に正直な人どこにいたっけ?完全に悪党と思ってましたけど~!!
低評価の人が引っかかったのはここではないかと。横でチラ見してた家族も「詐欺集団がやらかして落ちぶれる自業自得」と一言で本作を評価。上手い!
レビューで「清貧」という言葉を用いて日韓の考え方の違いを表現する人もちらほら。改めて韓国との考え方の差を感じました…が、受賞を考えると欧米諸国もなかなか…かも。