劇場公開日 2020年6月19日

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「なんだかいろいろと救われる作品」ペイン・アンド・グローリー 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0なんだかいろいろと救われる作品

2020年6月23日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 三つ子の魂百までというが、躁鬱質、癲癇質、分裂質という3つの気質と強気、中気、弱気の3つの気性についてはその通りだと思う。この9マスのマトリックスの分類からは誰も逃れられない。加えて幼い頃の五感にかかわる思い出は、歳を経ても色褪せることがない。

 幼少期の思い出の中には、決して人に話せないことがある。心に刺さった棘のように不快で、時には炎症を起こして激痛を齎すこともある。そういう思い出を心の奥深くに潜めている人は少なからずいるだろう。
 それでも絵を見たり本を読んだりして、人は屢々癒やされる。映画もそのひとつだ。そして幾人かの人々は自分で絵を描き、小説を書き、あるいは映画を作る。そうして誰にも言えない自分の傷跡を覗き込んでは痛みの向こうにあるものを見ようとする。産み出された作品は、同じように心に棘を持つ人を癒やすことができるかもしれない。
 芸術はどこかで共同体のきまりに反したり、世の中のパラダイムに背くものだ。それはとりもなおさず心の傷が人に言えない理由に等しい。恥、禁忌、異端などを自覚したことによるうっすらとした息苦しさが、人をそこはかとなく苦しめる。そして芸術に向かわせる。夏目漱石が同じようなことを「草枕」に書いていたのを思い出した。

 本作品の主人公サルバドールもまた、心に刺さった棘に苦しむひとりである。おまけに坐骨神経痛などの様々な痛みに苦しんでいる。坐骨神経痛は長時間歩き続けられないし、踏ん張りが効かなくて足も上がらなくなる。若い頃空手で鳴らしていた人でも、坐骨神経痛になると回し蹴りはおろか前蹴りさえもままならない。身体がうまく動かないと気が弱くなる。だから逆に虚勢を張りたくなる。
 思い出と老化と身体の痛みと過去の栄光と将来の不安。様々に苦しむサルバドールだが、32年前の映画の再映をきっかけに動きはじめる。知人の助けと偶然の助けがある。心の傷は芸術への原動力だ。行動するには痛みが邪魔だが、意欲が失われた訳ではない。

 なんだかいろいろと救われる作品だった。人生も半ばを過ぎて来し方を振り返り行く末を案じる歳を経た方々には心に響く映画だと思う。

耶馬英彦