あのこは貴族のレビュー・感想・評価
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自分語りが酷い感想です。
東京でお金持ちの家に生まれぬくぬくと育ってきた華子と田舎から上京し自分の足でなんとか生きてきた美紀、違う階層の2人が交わる時なにか変化が訪れる?って話。
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東京に来て2年、わかったのは階層が地方と比べてはっきりしてるし、行こうと思わないと足を踏み入れたことない所なんて沢山ある(日本橋私も行ったことないわ)。でも美紀みたいに"東京"ってとこに行くと、あぁ今東京に住んでるんだって思えて嬉しくなる。
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私の経歴を書いておくと、名古屋では一応小学校から私立に通ってて(とはいえ親も社長じゃないし、別荘も持ってないし、きったねえ居酒屋とか家族で行く普通の家です)、慶応大学で美紀たちが高校から上がってきた人達のことを遠目で見てるように、それと比べたらショボイけどまぁ、自分がお金持ちかは別としてそっち側にいました(笑).
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普通よりも恵まれた環境へ親が行かせてくれて、周りもちょっと裕福な友達が多くて、そんな私が東京に来たら美紀と同じような立場になって周りの価値観が変わってギャップもあったり。
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だから割とこの映画見てて華子の気持ちも美紀の気持ちも絶妙にどっちもわかる。大学までののびのびとした生活も楽しかったけど、自分のお金で自分の好きなものに囲まれた部屋に1人で住んでて、自分の好きな時にご飯を食べて酒を飲んで過ごせる今の方が「貴族」だと思う。
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ともあれ、勝手に私たち女を値踏みして、女は常に妬みあってるとか、女同士は本心で仲良くないとか、独身女は寂しくて子供が嫌い、とかレッテルを貼ることへ中指を立てている箇所が、静かながら随所にあってすごく嬉しくなった。これは「女の人は話が長い」って言ったあの件に通じることだね。
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現代日本の文化・社会風俗を描いた映画として大変良くできている。繊細な女性映画でありながら現代日本の抱える問題の幾つかを上手く掬い上げている。早速原作読まなきゃ!
①最初(第一章)に華子のエピソードを持ってきたのが宜しい。現代版『晩春』や『細雪』という面白さで映画に引き込まれる。ただ華子には『細雪』の雪子の様な(隠れた)したたかさは無く、あくまで世間知らずのお嬢様。現代日本にまだお嬢様っているんだ、というのも面白いが、華子の結婚相手は更に格(階層)が上というのがまた面白い。②バブルの頃は「一億総中流」とか言われたり、現代は「格差社会」とか言われているけれども、実は日本は今に至るまでずっと階層社会・格差社会なんですよね。大多数の日本人は日本社会は自由で平等な社会だと思い込まされているけど。③私は美紀のように地方都市(しかも農村部!)で生まれ育ったからよくわかるけれど、たった50年前でも『家の格が違う』とか、東京から連れ帰ってきたお嫁さんを『どこの馬の骨かわからん娘』とか、結婚相手の素性を調べるとか当たり前でしたもんね。そういうのが嫌な人が都会に出て、だから都会は自由で平等なんだと子供の頃は思っていたけど、都会も都会、大都会の東京は実は階層社会であり階層で住み分けていて交わらないようになっているとは実に皮肉。④「氏より育ち」と言うけれど、育ちってやはり重要。身に付いてしまっているから違う生き方をするのはほとんど無理でしょう。『そう言う育て方をされたから』という台詞が頻繁に出てくる。幸一郎なんて最初から敷かれたレールに乗って生きていかざるを得ないのを諦感を持って受け入れているというか、最初から諦めて受け入れているものね。だから、最期のシーンでお嬢様の枠を破って歩きだした華子を羨ましく思ったんじゃないかな。⑤女性作家の原作で女性監督のせいなのかどうかはわからないが、華子と美紀を取り巻く若い女性陣の描写がリアルで楽しい。特に華子側の逸子を演じる石川静何(石橋凌と原田美枝子の娘なんだ。ヒェ~)と、美紀の側の理英役の山下リオが特に好演。⑥門脇麦は生粋のお嬢様である華子を完璧に造形化して現代若手屈指の演技派の面目躍如。水原希子は特に役を作っていない様な自然さが良い。お一人様の老後のことを理英と冗談半分・真面目半分で盛り上がった後に一緒に起業を決意するシーンが秀逸。⑦日本という国を回していくのに階層社会が必要なのは仕方がない。また東京という街の半分は地方から出てきた人間の願望や夢を吸いとって成立している虚構の街というのも斬新な視点。それを糾弾するでもなく問題視するでもなくそこで生きていかなくてはならない若い女性たちの姿を真摯に描いているところが爽やか。演出も淀みがなく秀逸である。⑦あと蛇足ながら『私をくいとめて』や本作でも東京を象徴するのがスカイツリーではなく相変わらず東京タワーというのも面白い。
自分の生き方は出自による
成長本能を解放させた女性たちの瑞々しさと清々しさが心地良い‼️
トランプ大統領を押し上げる原動力ともなった〝反エスタブリッシュメント〟……既存の体制を支配している階層の人たちのことです。
そういう世界で育つということは、どうしてもある程度保守的な人間性を植え付けられる傾向になるはずです。
既存の価値観についてあれこれと疑問を抱いたり、変えていかなくてはならない、などと考え始める革新的な人間に育ってしまったら既存の体制や既得権に疑問を抱き、もしかしたらそれを崩すような行動を取ることに繋がるからです。
勿論、社会の安定性を維持する(政治家目線で言えば、それが国益であるという主張も成り立つ)という使命感や責任という重圧の中で頑張っておられる良心的で立派な保守派の方もいるとは思いますが、私腹を肥やすことや既得権を拡大強化することに血道をあげる保守側の人間も少なからずいるわけです。
また、保守的な環境で育ってしまうと、どうしても多様性とか格差による機会〝不〟均等について、肌感覚で触れる機会が限られてしまうので、社会との関わりを通じての人間的な成長や成熟の伸びしろも限定的になってしまうという負の側面も否定できません。
門脇麦さん演じる華子の終盤のあの決断は、自己の成長を求める本能的欲求にやっと気が付き、自ら解放してあげた清々しさに溢れていました。
やってることは別の世界で起きているように見えることでも、水原希子さん演じる美紀の決断も同じく自己の成長本能に素直になることでした。
この映画の描くあちら側とこちら側。
実は男どもが必死に守っているつもりで、ますます窮屈で閉塞感が強まるばかりの既存の男性優位社会(そこに価値観を縛られてしまった女性を含めて)と、それに対して、解放された女性が作り出す自由で伸びやかな世界との対比のようでもあるのです。
この映画の主役は石橋静河さん演じる逸子が象徴するものなのだと思います。
普通ならセリフやナレーションで説明してしまう多くのシーンを、無言の演技の力だけによって観客に心理や感覚を共有させる凄い演出が繰り広げられます。特に水原希子の演技は鳥肌モノでしたよ。
日本で貴族と呼べるのは、旧大名とか維新の功労者とか、藤原家の末裔のうち、現在でも莫大な富を維持している人たちぐらいのものかと思います。
門脇麦が演じる華子は、歴代続く開業医のお嬢さんで、渋谷のお屋敷街・松濤に住むお嬢さんです。
たしかにこの設定なら、上流階級の一員には違いありませんが、貴族ではありません。
上流のなかでは「上流の下」という位置づけになるでしょうか。
映画の中で述べられているように、中流以下の人たちと決して交わることがない階層と言う意味でなら、もちろん上流階級の側ではあるのでしょうけれどね。
その彼女が、世襲政治家の一家に嫁ぐわけですが、彼らとて「上流の中」でこそあれ、決して貴族階級ではありません。
しかしその微妙な身分の違いを華子の家族に無言のうちに感じさせ、観客にも確実に違和感を共有させる監督の腕前。
セリフや説明などが一切ないのに、引き込まれました。
脚本家と監督が別だと、どうしても言葉で説明してしまうであろうシーンを、いかに言葉を省略し、演者の演技によって非言語的に伝えるか、練りに練った作品だったのだろうと思います。
さて、登場人物が通う慶応義塾大学ですが、現状では、創立者の理念とは180度正反対に腐り切り、本物のセレブとセレブ気取りと地方の秀才クンという徹底的な身分制度/カースト制度の中にドップリと侵されている大学です。
しかしこの大学の、まるでゴミ集積所に残るような腐臭に関しても、簡単な説明はあるものの、「映画の絵」の力によって不快感を観客に共有させており、身震いするほどの圧倒的なリアリティーに圧し潰されそうになります。
庶民と貴族。決して交差することのない線路。
ただし、お父さんが働く姿を身近に見ている階級と、そうではない階級というところに線を引くなら、華子は前者、華子のお婿さんは後者だったわけです。
監督は理解しているのだと思いますが、この見えない境界線の同じ側に立っていた華子だからこそ、正真正銘、庶民の出である水原希子演じる美紀との交点が発生したのでした。
ストーリーも、たしかによくある話ではあるのかも知れませんが、監督が磨き上げた名セリフの数々と、徹底的なディテールの追求によって、たしかにこの映画は唯一無二の映画に仕上がっていると感動しました。
キャスティングの妙といいますか、門脇麦にしても水原希子にしても、幼い頃からイヤというほど人間関係のヒエラルキーを体感せざるを得なかった生育歴を持ち、登場人物の困惑する心理を現実に熟知している女優さんたちで、そういう女優をピンポイントで選択・配置していたわけです。
そこに監督が絡ませたのが、生まれながらに芸能界階級のサラブレットというべき石橋静河です。
彼女もまた、生育歴と役柄にふさわしい名演技を魅せています。
凄い監督だな、と恐れ入りました。
東京に行きたくなる
会わないはずのふたりが出会ったら…?今の東京を映し出す"邂逅"モノ
第一章 東京
東京は棲み分けされてるから、会わないようになってる。住む世界が違う者同士、みんな同じところで生きてる。みんなの憧れが投影された幻の街、東京。搾取されまくってる私たちはそんな東京の養分みたい --- だけど……。
第二章 外部
山内マリコさん × 地方
付きまとう"何者にもなれない自分"というテーマ、そして階級差や性差 --- 夢を持って東京に出てきたはずなのに気付けば忙しなく追われる日々の中で、何故ここまでして東京にしがみついているのかも分からなくなっていく。田舎は退屈、闇が深い、そういった要素・図式は(原作未読ながら)『ここは退屈迎えに来て』でも見られたものだけど、そんな作者が今度は出た先 = 東京を描いたら?大学の外部と内部("ナイバー")という実際の括りが絶妙に生かされているのも良かった。
大事な日にはいつも雨 --- 逸子が一番好き。里英もよかった。友人役に救われる。生きてりゃ最高な日も最悪な日もあるだろうけど、それを話せる人がいるって本当に大事。あと、高良健吾の役どころは、名探偵コナン(新一、平次、キッド)くらいしか太刀打ちできないスーパーハイスペックイケメン。何気ない瞬間の気まずさまで、色々嫉妬したけど、最後まで見るとなんだかんだ「見てよかったな」って。「自分も頑張ろう」って思えた。
第三章 邂逅
山内マリコさん × 門脇麦
だれが貴族なのか?今まで、根っからの映画っ子なんだろうなというのが伺えるような作品で、数々の難役を挑んできた門脇麦がまたも見せる。本作では、名家の生まれで東京生まれ、東京育ちのお嬢様役を見事に演じている。今まで当たり前だと思っていたものに違和感、疑問を覚えていくような、僕たちの"普通"とはかけ離れた役柄。脇を固めるキャストも良かった。
東京こわい。自分とは関係ない全く別の世界の話みたいな表層だけど、他人事じゃない耳の痛い話に身につまされた。作品全体を包む上流階級的気品、上品な空気・雰囲気すらも意図的というか、一種"外部"の想像する東京か。参列する先妻や、(個人的に本作のハイライトと言っていいくらい好きな)橋での手を振るシーンなど、"何気ない"シーン = 余韻を残す展開も、しっかりとその後の主人公に影響を与えている。
序盤だけでこの映画は終わってないか?
貴族
やはり人は1人では生きられない
原作未読
映画は観た人がどう感じるか
なので感じたままに
私には2組の女性の友情物語
生涯の友を見つけたって感じ
4人の女優さん
それぞれ魅力的です
対して孤軍奮闘の
高良さんもいい感じです
貴族?の家族の会食
笑いをこらえて観たのは
私だけではないと思うけど
田舎と地方、階級社会云々は
「ふーん」ってくらいにして
観ることをお勧めします
あの大学出の政治家で
一郎やら太郎やらリアル過ぎ(笑)
なんだかほっこりできる映画でした
貴族も大変だ
東京で医者の娘として生まれ、箱入り娘として育てられた華子(門脇麦)は結婚する事が幸せと思っていたが、婚約していた恋人に振られてしまう。そこで婚活を本気で始め、見合いしたり知り合いを紹介してもらったりして、イケメンで家柄も良い弁護士の幸一郎(高良健吾)と出会い結婚する。
富山から上京し東京で働く美紀(水原希子)は、恋人なし、仕事にやりがいなし、東京に居る意味がわからなくなってる。
この2人が幸一郎をきっかけにして出会い、そして仕事とは、幸せとは、と悩み行動に変化が起きていく話。
貴族と呼ばれる様な名家に生まれた人達の当たり前とそのおかしさ、妻とは子供を求められるだけなのかと苦悩するところが見所かな。
主人公の2人、門脇麦、水原希子は良かった。
それと、華子の友人役の石橋静河、美紀の友人役の山下リオも良かった。
これはいい!
雰囲気はとても良かったけどストーリーは自分に合わなかった感じ。
渋谷の松涛に住む箱入り娘で、何の苦労もしていない家事手伝いの華子(門脇麦さん)。
苦労して慶応大学に入学するも授業料が払えず、夜のアルバイトをするも結局中退してしまった富山に住むごく普通の美紀(水原希子さん)。
弁護士で政治家もいる一流家系の幸一郎(高良健吾さん)の3人を軸としたストーリー。
門脇麦さんの礼儀正しい仕草や言葉遣いが素晴らしい。
水原希子さんも名演技。
この二人の生き方の対比が見所だった印象。
結婚が全てじゃないって事を表現したかったのか?
結局、自分がなりたい人世を歩めるのか?
そんな事を表現したかった感じの作品。
幸一郎が大切な日には必ず雨が降る雨男で色んな場面で降る雨が印象的。
あなたの世界(富山の田舎暮らし)と私の世界(良家の家系)は一緒。ってセリフも印象的。
男性よりも女性の方が心に響く作品だった印象。
食べるもの殆ど全てが高級過ぎて、とても真似する事は出来ません( ´∀`)
幸せな姿の門脇麦がよかった!
自分の人生をどう生きるか
最初、門脇さんと水原さんの役が反対だと思ってました。全然反対でもできたんだろうけど、水原さんを田舎から出てきた都会に憧れる子にキャスティングしたのは、なかなかいいなと思いました。
高良健吾くんは清潔感もあって、誠実なイメージあって、いいとこのお坊っちゃん役、ぴったりハマってました。そして、やっぱり人間、金持ちになりたいって思うけど、血筋を継承をしていかなくてはいけなかったり、自分のやりたいことや自分の好きな人と結婚したりってできないことも多いし、いろいろ大変なんでしょうね。選択肢はたくさん増えるとは思うけど。
華子はそれに疑問を持ったとこから、本当に自分の人生を歩み始めることができたんだね。家のために自分を殺して、敷かれたレールを歩くのが幸せか…上手くいかなくても、自分のしたい事に挑戦して、自ら道を切り開いていくのが幸せか…。
誰もが幸せになりたいと願うけど、結婚したって、してなくたって、どこに住んでいたって、お金があったって、無くったって、自分の人生を楽しく、どう生きていくかってことなのかなって思いました。
田舎者にとって都会は夢の世界なんだけど…
「同じ階層の人とは出会わないことになってる」というセリフが、この映画を象徴しているんだろうなと思いました。点数が低いのは自分には影響がないというか、自分の生活に乗ってこれなかったというだけで、言うならば自分自身がこの映画を愛する環境が整っていないというだけで、映画としてはよくできていると思います。
自分も田舎から大阪に出てきた人間なんですけど、都会にはどうしても憧れを抱いてしまうのが田舎の若者なんですよね… でも冒頭のカットから都会の息苦しさを描いているのが面白いなと思いました。とはいえ、ここまでは極端なところまでいくとびっくりしてしまうというか、最後まで俯瞰で見てしまうのは致し方ないかと(自己言い訳)
本来であれば門脇麦さんと水原希子さんの役柄を入れ替えても良いんだろうなと思ったりもするのですが、逆だからこその良さも十分にありました。貴族側にいてもふわふわどこか立場のない門脇麦さんの演技なんて本当に見事でした。結婚を求められ、子どもを求められる苦しい役柄を立派に演じているなと思いました。
全般的に映像も暗めに作ってあるのも演出としてピッタリでした。またキャスティングも派手な人を廃して、どことなく前時代的な演技ができる人をちゃんと選んでいて、この階層に苦しむのは前時代的であって欲しいというか、違う階層にいると思っている二人がその架け橋になってほしいという希望も伝わってきました。階層なあ…面倒くさいなあ…でも人間どこかでマウンティングしてますからね。
でも、完全に繋がり合ってないというか、どことなく細やかにさえ思える関係で最後まで行くのも、悲しいかなリアルだなと。シスターフッド的に上の階層と思われている人に想いをぶつけに行くという激しい人間物語にしなかったことで、ある意味問題提起的な作品になっていると思います。
事実として、コロナウイルスの流行が、金銭面による格差を浮き彫りにしているのは事実なので、こういう感じで終わったことがちゃんと考えようと思う人には考えられる、でも考えても当人同士が何かしらのきっかけで繋がり合わないと厳しいというか、考えてるだけでは何も解決しないよなという無力感を感じたりもしました。
男性のキャラクターを少なめにして、女性の良いところもしんどいんだろうなと思うところも描いている力作だったと思います。
遠くて近い世界
オンライン試写会で視聴しました。女性の問題とか階級の問題は昔の話だと思っていたけど案外身近にあるんだなと思った。女性でも自分で選んだ道に責任を持って選んだ方が幸せになるんだなと感じた。
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