劇場公開日 2021年2月26日

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「普通ならセリフやナレーションで説明してしまう多くのシーンを、無言の演技の力だけによって観客に心理や感覚を共有させる凄い演出が繰り広げられます。特に水原希子の演技は鳥肌モノでしたよ。」あのこは貴族 お水汲み当番さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0普通ならセリフやナレーションで説明してしまう多くのシーンを、無言の演技の力だけによって観客に心理や感覚を共有させる凄い演出が繰り広げられます。特に水原希子の演技は鳥肌モノでしたよ。

2021年2月27日
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鑑賞方法:映画館

日本で貴族と呼べるのは、旧大名とか維新の功労者とか、藤原家の末裔のうち、現在でも莫大な富を維持している人たちぐらいのものかと思います。

門脇麦が演じる華子は、歴代続く開業医のお嬢さんで、渋谷のお屋敷街・松濤に住むお嬢さんです。
たしかにこの設定なら、上流階級の一員には違いありませんが、貴族ではありません。
上流のなかでは「上流の下」という位置づけになるでしょうか。

映画の中で述べられているように、中流以下の人たちと決して交わることがない階層と言う意味でなら、もちろん上流階級の側ではあるのでしょうけれどね。

その彼女が、世襲政治家の一家に嫁ぐわけですが、彼らとて「上流の中」でこそあれ、決して貴族階級ではありません。
しかしその微妙な身分の違いを華子の家族に無言のうちに感じさせ、観客にも確実に違和感を共有させる監督の腕前。
セリフや説明などが一切ないのに、引き込まれました。
脚本家と監督が別だと、どうしても言葉で説明してしまうであろうシーンを、いかに言葉を省略し、演者の演技によって非言語的に伝えるか、練りに練った作品だったのだろうと思います。

さて、登場人物が通う慶応義塾大学ですが、現状では、創立者の理念とは180度正反対に腐り切り、本物のセレブとセレブ気取りと地方の秀才クンという徹底的な身分制度/カースト制度の中にドップリと侵されている大学です。
しかしこの大学の、まるでゴミ集積所に残るような腐臭に関しても、簡単な説明はあるものの、「映画の絵」の力によって不快感を観客に共有させており、身震いするほどの圧倒的なリアリティーに圧し潰されそうになります。

庶民と貴族。決して交差することのない線路。

ただし、お父さんが働く姿を身近に見ている階級と、そうではない階級というところに線を引くなら、華子は前者、華子のお婿さんは後者だったわけです。
監督は理解しているのだと思いますが、この見えない境界線の同じ側に立っていた華子だからこそ、正真正銘、庶民の出である水原希子演じる美紀との交点が発生したのでした。

ストーリーも、たしかによくある話ではあるのかも知れませんが、監督が磨き上げた名セリフの数々と、徹底的なディテールの追求によって、たしかにこの映画は唯一無二の映画に仕上がっていると感動しました。

キャスティングの妙といいますか、門脇麦にしても水原希子にしても、幼い頃からイヤというほど人間関係のヒエラルキーを体感せざるを得なかった生育歴を持ち、登場人物の困惑する心理を現実に熟知している女優さんたちで、そういう女優をピンポイントで選択・配置していたわけです。

そこに監督が絡ませたのが、生まれながらに芸能界階級のサラブレットというべき石橋静河です。
彼女もまた、生育歴と役柄にふさわしい名演技を魅せています。

凄い監督だな、と恐れ入りました。

お水汲み当番
お水汲み当番さんのコメント
2021年3月4日

iwaozさん、コメントありがとうございました。
まさに同感です。
岨手監督って、まだほとんど新人なのですが、ENBUゼミナールの監督コースの出身なんですね。
同校の作品「カメラを止めるな」のスマッシュヒットは単なる偶然ではなく、映画学校としての実力が証明されたのかも知れないと感じました。

お水汲み当番
iwaozさんのコメント
2021年3月3日

すごく同感です。良いコメント解説ありがとうございました。
親戚、家族のそれぞれのキャスティングが見事でしたよね。(^^)
そで監督って小津監督のような文学的センスと信念をお持ちですよね。次回作が本当に楽しみです。

iwaoz