劇場公開日 2019年11月8日

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残された者 北の極地 : 映画評論・批評

2019年10月21日更新

2019年11月8日より新宿バルト9ほかにてロードショー

「北極にひとりぼっち」という極限のサバイバル。ムダのない豊かな描写力に感嘆

冒頭の15分間が、この映画がわれわれ観客に突きつける「決意表明」だ。北極のどこかと思しき(原題が「Arctic(北極)」であること以外に場所の説明はない)極寒の雪景色の中で、ひとりの男が地面の氷を黙々と削っている。それが俯瞰のショットで大きな「SOS」の文字だとわかった時に、われわれはこの男が遭難したという事実を知らされる。

男は不時着した飛行機にたった一人で暮らしていて、右足のひどい凍傷から、決して短くない期間を一人で過ごしてきたことがわかる。いや、「わかる」は言い過ぎた。画面に映るわずかな情報、凍結した湖で魚を捕り、手回し式の通信機で救助信号を送る男の淡々とした日常から、この男はもう長い間この生活を耐え忍んでいるのだろうとかろうじて想像するのである。

つまりこの映画は、ほとんど言語に頼らず、徹頭徹尾、目の前に広がるシチュエーションだけで物語とエモーションを伝えようとしているのだ。全編を通してセリフはわずかしかないが、日本語の字幕をすべて消し去っても、われわれ日本の観客はこの映画が描いていることをほぼすべて理解できるし、「北極にひとりぼっち」という極限のサバイバルをわがことのように体感できるだろう。

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マッツ・ミケルセンが恐るべきストイックさで演じている遭難者の、わずかな希望をつなぎ止めるような努力の日々は、映画が始まってほぼ15分後に、大きな危機を迎えることになる。おそらくあちこちの映画紹介にある程度のあらすじが書かれているだろうが、ここでは具体的に触れない。ただ、男がさらなる危険に身を投じるのっぴきならない気持ちは手に取るようにわかる。なぜなら「希望」と「失敗」を天秤にかけて「希望」を信じずにはいられないのがわれわれ人間だから。

監督は本作が長編映画デビューとなるジョー・ペナ。ブラジル出身のミュージシャン兼YouTuberで、オモシロ映像を作りまくってCMや映画にステップアップしていった人気者だ。普段は陽気で饒舌なペナが、みごとなまでにムダをそぎ落とした寡黙な映画をものにした。実際の撮影は、激変する天候など幾多のトラブルに見舞われ、劇中の主人公さながらに苛酷だったというが、大雪原を映したロングショットのバリエーションの豊かさによって主人公の寄る辺ない心の動きを伝える描写力の豊かさに触れて、スゴい映画監督が現れたものだと感嘆せざるを得ない。

村山章

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