劇場公開日 2021年10月15日

「原作者もまた美学の人であった」燃えよ剣 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0原作者もまた美学の人であった

2021年10月18日
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鑑賞方法:映画館

 とても見ごたえのある作品である。岡田准一はじめ、俳優陣はいずれも好演だが、中でも柴咲コウが素晴らしい。世の中に女の優しさがあるとすれば、演じた雪がその典型ではないかと思う。分け隔てない気遣いがあり、無私の奉仕がある。与謝野鉄幹の「人を恋うる歌」の歌詞「妻を娶らば才長けて見目麗しく情ある」を体現したような雪を、柴咲コウは全身で演じきった。見事である。

 本作品で描かれる新選組の精神的支柱は土方歳三である。本人曰く、武士になりたい、武士道で生きたいと願ってきた田舎のバラガキである。同じくバラガキの兄貴分であった近藤勇を局長として祀り上げ、自分は副長に納まって実質的に新選組を支配した。
 天下国家について考えてきた訳ではなく、国の舵取りをしたい訳でもない。ただ何も基準がないこともない。正しくないもの、非道なこと、理にそぐわないことを本能的に嗅ぎ分けて「形がよくない」と否定する。そして「形がいい」と判断された行動を取る。それは土方の美学である。つまり新選組は思想集団でも利益集団でもなく、土方の美学によって結成された、得体のしれぬ結社なのだ。そんな結社が長続きするはずはない。おそらくは池田屋襲撃事件がピークだったと思われる。

 ただ土方には、薩長同盟の台頭を「形がよくない」と明確に否定する根拠があった。それは明治維新が明らかな軍事クーデターであり、得をする一部のエリート層と損をする大多数の庶民とに、国を分断するものだからである。
 現在でも明治維新を是として戦後民主主義を否定する政治家がいるが、軍事クーデターを肯定して平和主義を否定するのと同じだ。実に愚かである。

 美学に生きた土方歳三は俳句を嗜んでいた。同じように俳句を好み、絵を描く雪もまた、美学の人であった。惹かれ合ったのは当然である。まことに美しい恋のありようであり、司馬遼太郎の美学がここに結実した。原作者もまた美学の人であったのだ。

耶馬英彦