「これは褒めてはいけない映画でしょ…」閉鎖病棟 それぞれの朝 uttiee56さんの映画レビュー(感想・評価)
これは褒めてはいけない映画でしょ…
本作に興味を持ったのは、ロケが行われた長野県の小諸高原病院に、つい最近まで近親者が措置入院されていたためである。措置入院では親族でも面会は許されない(「閉鎖病棟」とは何を意味している言葉なのか不明だが、恐らくそういう意味であろうと推測)ので、どんな病院なのか見たことがなく、この映画でようやく見られるということにまず期待していたのだが、現実の精神病院の姿を全く反映していない粗雑な作りに驚き呆れる結果となった。
措置入院とは何か。身体の自由は憲法で保証された人権であるが、精神の病により自傷または他傷に及ぶ恐れがあると判断される場合には、自由な行動を許しておく方が却って本人や他者の人権を損なう結果となるため、都道府県知事の権限で行われる強制入院のことである。(強制なので入院費用は全額公費だが、税金の使い途に何かとやかましい昨今においては、改善すれば早々に退院させられる)
従って、本作での描写のように、患者が簡単に飛び降り自殺を図ったり、他者に危害を加えたりできる環境であれば、人権を制限してまで入院させる意味がないので、そんなことは100%あり得ない。万が一そんなことがあれば、当然ながら病院の責任問題になる。
そもそも精神医療の基本は、脳の自然治癒力によって病が改善されるための時間を稼ぐことであるから、自害や他害を防ぐことは基本中の基本である。現実の精神病院がこの映画のようないい加減な場所だと思われると、精神医療に関わっている人たちは大変迷惑するだろう。小諸高原病院はシナリオをチェックして、このようないい加減な内容であったならば、撮影を拒否するべきだったはずだ。
もっとも、物語の始まりとなる、死刑の執行に失敗したから精神病院に丸投げ、なんていうこともある訳がない。そんなの死ぬまで絞首を繰返すに決まっているでしょうが。「これはあくまでもフィクションだから、考証がいい加減なのは許してね」とでも宣言しているつもりか?
死刑の理由になった事件だって、あんな殺されても文句を言えないようなことをした相手を殺したところで、死刑になる訳がない。精々懲役10年位のもので、初犯で素行も良い人物となれば執行猶予がつくかもしれない。
例えば「万引き家族」に登場する柴田家のような家族が実在する訳はないが、柴田家を構成する個々の要素は全て実際の事件に基づいているため、柴田家の実在感には説得力があり、「家族の名に値するのは、すべてが嘘で塗り固められた柴田家と、血縁だけで愛情はない世間の家族と、どちらなのか」という視座の転換を観客に要求することに成功している。これが優れた社会派映画である。
一方で、この映画の主題は、病んでいるのは精神病院の中にいる人なのか、それとも外にいる人なのか、という視座の転換を観客に要求するところであると思うが、「そもそもこんなことは起こり得ない」が事実である以上、この映画は主題を成立できていない。
フィクションとしては面白かったし、役者の演技は良かったから☆0.5とはしないが、仮にも社会派ドラマを目指していたであろう映画がこれでは、映画を作った意味がない。
平山秀幸監督って、こんな雑な映画を撮る監督でしたか?「ザ・中学教師」の方がずっと良かったよ。