ニューヨーク 親切なロシア料理店のレビュー・感想・評価
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人と人の繋がり
アメリカ・ニューヨークでの影を描きながら、訳ありの人達が交わる老舗レストランでの人間模様。素直に良い映画だと思います。個人的にニューヨークの街並みに憧れがあるせいか、描写も非常に好みだった。そこだけで加点ポイントになっている気がする。
ただ脚本的にはメインの登場人物やストーリー毎の盛り上がりがあるんだけど、脚色のせいか全体的に薄い印象になった感が否めないか。そして、いつもながら邦題が…『親切な〜』は映画全体を安っぽくしている気がする。
Would you like to... see the menu? んー、微妙
ゾーイ・カザンが好きなので観てみた本作。んー、貧困になって大変そうなんだけどイマイチ心に響かないなぁっと考えてみると、あ、このクララって自分で何も努力してないからだって事に気が付きました。
DV夫から逃げるのは正しいと思うんですよ。あんなの許しちゃダメですし、おかしな人間に付き合う必要性なんて全くない。でも、NYにでクララがやった行動って人に助けてってお願いはするものの、自分で頑張ろうって姿勢が見えない。食べ物盗むのも窃盗ですしね。専業主婦だったからって努力をしない言い訳にはならんでしょ。しかも子供を二人も抱えているのに大人としての責任感はないのかな?多分そういう姿勢が個人的にピンと来なかった理由だと思います。やつれてく演技は上手かったですけど。
たまたま優しい人間に出会って何となくハッピーエンドだったのですが、なんか都合のいい展開だなぁっと感じてしまいました。特にDV夫が父親を電話機で殴るシーン。あんな分かりやすく夫を悪人にしたてて裁判に勝つような都合のいいエピソード入れちゃうのは脚本家として負けではなかろうかと思ってしまいます。
ビル・ナイのお爺ちゃんは良かったです。子供と二人きりになって何を話せばいいかわからず、メニューを勧めてしまう所とか大人あるあるなのではないでしょうか?
私は誰のNo.1でもない
DVの被害にあっている妻と子供が、
ニューヨークまで
逃げてきたきたことで
孤独で親切な女性とロシア料理店の
マネージャー達と知り合い、
暮らしを立て直す
お話でした。
ひとを一生懸命 に
幸せにしようと考えていると
本人のことは二の次にしてしまう。
誰かの犠牲で
成り立つ日常を
変えていこうという
メッセージに
溢れていました。
そんな状態は
結局 うまくいかない。
たけど、
それを実現するには、
まわりの親切と、
変わろうとする
本人の覚悟なんだよ。
って 。
現実には、
そうはいかない事も
たくさんありますが
願わくば
いい方向にいくように
変えていくために
できる範囲で意思決定したいなと。
アリスがジェフに
自分の人間関係を
「私は誰のNo.1でもない」 と
言ったことばには、
孤独を埋めるのは、
その他大勢の知り合いでは
ないということなんでしょう。
言葉の選び方に惹かれました。
言葉にした気持ちは、
それを変えていこうとして
行動にあらわれて
ストーリーが展開していったのが
ワクワクしました。
メインの恋の行方としての
マークの行動ですが
最後までクララに
控えめな態度を通しながらも
押さえきれない気持ちが
凄くわかるー
伝わってよかったなぁと。
寒い夜に少し暖かい気持ちで
帰れました。
スクリーンでは
ハッピーエンドが
好きなんです。
おすすめ。
タイトルなし
これまた邦題から受ける印象ではスルー予定でしたが、ケイレブくん出てるんで観ました。ケイレブくんこんなに長く出てくるの久々だし、窓から投げられたのがケイレブじゃなくて椅子で良かったね😁
群像劇な要素もありましたけど結構恋愛寄りな内容かなぁ。お話しもあっちいったりこっちいったりとちょっと忙しい感じでしたがキライではなかったです。
ビル・ナイとケイレブのコンビは最高です
現代の貧困と人の善意—邦題が少し疑問だし難もあるが良作
プロット的に多少難はありますが
お金が一銭もなく、取り敢えず食べるものもなく寒さをしのぐ一晩の寝床もない
それって本当つらいよなと感じられるだけでも見る価値のある作品
夫のDVから逃れるため、二人の子どもを連れてニューヨークへやって来た母親
現代の貧困。でも、自分自身もたいへんながら他人を助けようとする善意の人たちが物語に希望を与えてくれます
そして最後にはビル・ナイがオーナー演ずる古びたロシア料理店が皆を包んでくれる
そういう話が嫌でなければお勧めします
逆に、人生すべて順風満帆で、軽いラブストーリーとか楽しいエンタメだけを期待している人には向かないと思います
あと邦題が少し内容について誤解を生むかもしれません。原題は The Kindness of Strangers(見知らぬ人の親切)です
=====!!以下激しくネタバレなので、作品未見のかたはご注意!!======
主人公の母親(クララ)は子ども二人を連れて夫から逃げるが、お金は一銭もなく、空腹で食べるものもなければ今晩泊まるところもない
ほんとうにつらいです。金も寝れる所もないって
でも、そんな状況で子どもの前では、これは旅行よ、ニューヨークという街で見聞を広めなさいと明るく振る舞い、昼間はタダで入れる図書館で時間を潰し
なんとか取り敢えず食べ物を手に入れて、お金がないのでホテルには当然泊めてもらえず、その日その日寒さを凌いで眠れる場所を探す
そのためにどこかのパーティー会場にそ知らぬ顔をして紛れ込み、オードブルをバックに入れて出てくるとか、前半はつらいながらも明るい描写が続きます
そのあたりはつらいながらも前向きなので意外と明るい気持ちで見ていられます
もう一人の困っている人は仕事がうまくいかなくてクビになってしまう不器用であまりパッとしない若めの男(ジェフ)。家賃を払えずアパートを追い出されてしまい、ホームレスになってしまいます。これもつらい
しばらく前にエミリオ・エステベスのクリーブランドの図書館にホームレスの人たちが立て篭もる映画がありましたが
現代でもっとも豊かな国にあるそういう現実、そして一歩間違えればそうなっていまうかもしれない怖さを感じます
——
邦題が誤解を招くかもしれないという点ですが、ロシア料理店「の」話ではないのです
ロシア料理店は、確かに物語の大きな場所の一つだし、ビル・ナイ演ずる、来るものは拒まずの淡々としたオーナーはいい味出してますし、最後に皆が集まる場所になりますが
物語の全てが料理店を中心に回るわけではないです
邦題の先入観で、料理店がもっと早目に積極的に他の人物たちの物語に介入するのではないかと思って見ていたので、そこは少し肩透かしに合いました
むしろ、プロット上で、真に話を展開している人物は、ブランドのショートヘアの女性(アリス)です
チラシには「仕事ばかりで他人のためだけに生きる変わり者」とありますが、これは随分とひどい言い方で、ちょっと素直には同意しかねます
世の中には、うまく言えませんが、自分の問題を埋めるためだけに代償のように人の世話ばかりするする人もいると思います。でもそういう人は得てして、本当にその相手の本人のためになるようなことをしてなかったりします。典型的には世話を焼きたいから、無意識にいつまでも子どもを精神的に自立させない毒親のような
でもアリスはそういう人ではないように思えます
料理店以上に物語で大きな役割を占める場所は、アリスが医療助手(?)として働く病院、ボランティアとしてホームレスの人々に食事と寝床を提供するシェルター、そしていろいろな問題を抱える人たちが集まって話し合いをする自助グループを素人ながらもモデレーターとして主催する教会です
ストリートで低体温症で瀕死のジェフを助けるのはアリスです。(そしてそのジェフが今度は瀕死のクララの次男を救う)
寝る所がなくなったクララたち親子に規則を破って教会に泊めてあげるのはアリスですし
のちにも文字通り食べ物がないクララたちにスープを施すのも寝床を提供するのもアリスのグループです
クララの幼い次男が追ってきたDV夫の手に落ちないように、勝手に退院させて母親の元に引き渡したのもアリスです
そして、料理店の料理長になったマークと、ゆくゆくはクララを助けることになる冴えない弁護士のジョンの仲を繋げるのも、アリスが主催する自助グループの場です
冤罪で?刑期を務めたマークを助ける弁護士のジョンも、クララたちに寝食を与えるマークの善意ももちろんあるのですが
原題の、見知らぬ他人に対する善意を最も体現しているのは、料理店ではなく、アリスです
自助グループで、いつも他人にケチを付け合っている人たちに最後に、なぜそんな態度を取るの、なぜ人にあたたかい気持ちで接せられないのという、本作のテーマそのものの台詞を吐くのもアリスです
そんなアリスが、私は人のためになろうとしているけど私のことをいちばんに思ってくれる人はいないと言い
婦長にあなたは家族がいない一人ものだから残業できると思ったと言われたり、教会まで追ってきたクララのDV夫にお前は誰にも愛されていないとか酷いことを言われながらも
最後には自助グループであったジョンと幸せになるのは良かったですが
どうしてもクララ親子と最後はマークとの話が話しのメインになっているので、もう少しアリスの幸せを強調してあげたかったなと
ただ、邦題については全てが料理店中心の話しであるかのような誤解を与えるとは思いますが、かといって直訳(見知らぬ人・他人の親切)も日本語としては座りがあまり良くないですし、自分も邦題の代案は思いつきません。この辺りは邦題の難しさですよね
——
最後にプロット上の難点ですが
・最初、子どもたち、特に次男は父親と離れたのを寂しがるようなセリフを言っている、少なくともそう取れるふうに。一度見ただけなので見直してみないと少し微妙ですが。しかし後半には次男も父親のDVで深い傷を負っており、本人も自覚的にはっきりと拒否している様子が描かれるが、それなら初めからそうでないとおかしい
・やはり次男が雪夜に外で寝てしまうのが唐突だし、戻ってきてから急に母親にも心を閉ざしてしまうのがあまりにも唐突。最後に長男が「お母さんも自分を許して」というセリフで説明して次男も引っ越し=過去との決別というかたちで決意をしてやっと母親に心を開くという辻褄合わせ?をしているが、あまりに不自然
・DV夫であることを証明して離婚し子どもの親権を得るための裁判で、クララはきれいなスーツを着ている。しかし、その間クララが仕事をしたり収入を得ている描写は一切ない。基本的に一銭無しの宿無しのはずなのにあの格好はいかにも不自然
本作はエンドロールによると、デンマーク、ニューヨークとカナダだったか複数の地域で撮影されたらしい。それら各地の撮影に入る前に最初から最後まで一貫した脚本が完成していなかったのかと邪推しました
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いろいろ書きましたが
役者さんはみなとてもいいですし(下手な演技はない)、見るだけでいろいろ考えるところもあるし、最後はハッピーエンドになるので
そんな話しなら見てもいいという方にはお勧めします!
邦題が微妙、映画の本質はそこじゃない
他の方も指摘しているが原題は
The kindness of strangers.
仲間を作るにはどうしたらいいのか?
困っている人を助ければ良い。
色々な人のマイナスに手を差し伸べる。自分を赦すと受け入れることができてゼロまで戻る。
でもその先が描かれない。
この映画の作り手はそこまで現在の世界を悲観的に見てるのか、わからないでもないけど悲しいことだ、というのが私の感想です。
母は強し。暴力警官の父親にも背景があったのはドキッとした。
ゾーイ・カザンって本当に芸達者で驚いた。最初は、この人何やってんの?というおどおどした学のない母親というのを見せておいて、どんどん苦境に追い込まれてからの、表情がガラリと深刻に変わってきて、終盤に見せる強い母親に変わっていく姿勢に感動した。
彼女の八の字まゆげの表情作りは面白かった!
暴力を振るう父親のその父親も離婚したのかどうかわからないけど、愛人(?)を抱えているというのを見せることで少し背景を見せるという監督の演出に監督自身の優しさを垣間見ることができた。
私を海に連れてって。
プレゼントは水着ですと?
まぁ、好きにしなよ。っていうか、「私の水着は見たくない?」って意味かw
とことん金が無いのは、本当に惨めでつらい。
こんなん見ると、自分は本当に恵まれてると思ってしまいます。
原題は"Kidness of strangers" =「見知らぬ人の優しさ」
ロシア料理店に限った事では無いんですが、母子と巡り合った人々は、すごく優しかったり、少しだけやさしかったり、親切にしたいけど事情があってできなかったり、もっと根深い問題を抱えていたりと、様々です。
アンドレア・ライズボローがブロンドのショート。彼女は、何かいつも独特の雰囲気で魅力のある女性役ですよねぇ。バトル・オブ・セクシーズの時は、無茶エロくて萌え女子だったけど。相当やせましたね。
ゾーイ・カザンの旦那はポール・ダノ。夫婦そろってええ感じで頑張ってて何よりです。と言うか、しばらく見ない間に一気に老けた感がするんですけど。娘役だった「バスターのバラード」は2018年ですから、それほど時間たってないんですけどw
DVダンナが警察に追われる身となり、シェルターへの移送が決まった夜。激しく求めあうように唇を重ねあう二人。と言うか、むさぼるように、ですよね。母親であることを忘れて、一晩だけオンナに戻っちゃえば良いのに。って思ったのはワシだけ?
母子三人の身なりと表情が、少しづつ惨めになり、ホームレス化して行く描写が、哀しく切なくなります。見知らぬ人に優しくした人達が、最後には幸せになれて、ホンワカ気分で終われる良い映画でした。現実に目を移せば、私たちは、見知らぬ人に優しく無いよねぇ、それほど、ってのはあるので反省します。
良かった。結構。
親切なのはロシア料理店だけじゃなかった
DV警察官の夫からニューヨークへ逃げた妻と子供2人が親切な人達に助けられて・・・という話。
まず、親切なのはロシア料理店だけじゃなく看護師や弁護士なども親切だった。
原題を直訳すると「見知らぬ人の親切」だよね。
なぜこんな題を付けたんだろう???
看護師アリスのボランティアや教会での活動も相当親切な活動だと思った。
夫のDVシーンは無いのかと思ってたら、親父に手を出してて、そこは迫力あった。
妻クララ役のゾーイ・カザンは可愛かった。
マンハッタンはネイティブが発音すると“マンハッ・ン”になる!
まるでスピード・〇ーニングのCMそのままのマンハッン。雪の降る中、老舗ロシア料理店“ウィンター・パレス”を中心に4人の男女が出会うが、それぞれの事情を抱えながらも懸命に生きていく姿。社会的弱者が弱者を救うといった運命が交差していく。
アリスは看護師という本職の他に、教会で“赦しの会”というセラピーを開催したり、ホームレスの炊き出しにも参加している。マークは友人の弁護士ピーターのおかげで罪も軽減され、出所後はロシア料理店でマネージャーをまかされる。どこの職場でも自分に合わずクビになってばかりのジェフはアパートを追い出され、さらにバッファローから夫のDVのために逃げてきたというクララと2人の男の子。
パーティにこっそり紛れ込み、食事を盗んで子どもたちと分け合うクララ。夫の車をそのまま拝借してきたのだが駐車違反によりレッカー移動され、警官である夫が情報網を駆使して彼女を連れ戻しに来るのだ。徒歩での移動を余儀なくされ、料理店に忍び込み、マークの優しさにふれる。ジェフはアリスとともにボランティアに精出し、生きる目的を見出したかのよう。そしてそれぞれの優しさが交差して、恋心も芽生えていく。
最初は「一杯のかけそば」みたいな話かと思っていたけど、図書館、コンサートホール、料理店、病院、教会・・・これらの舞台はワンブロックに集中しているかのように逃亡劇と出会いが輻輳する面白さ。社会の底辺を歩んでいる人たちの自尊心や博愛の心が感じられるも、上流階級の人々は誰も手を貸さない。まるで「自助、共助、公助」を強いる国みたいじゃないか。
個性的なキャラばかりで、中でもビル・ナイが中心ではないもののユニークすぎた。しっかり笑いどころも押さえている脚本もにくい。ちょっと残念なのは、単純なハッピーエンドに収束してしまったところだろうか。ピーターという意外性はあったのですが・・・
それにしても気になるのが“福井”という文字もあった中華料理店。なんだよぉ~福井。ちなみにバッファロー市は金沢市と姉妹都市になっています。
万引きしつつ、人の好意に甘えるのは、どうなのでしょう?
お正月、どうしても洋画が観たくて。今年1本目の洋画でした。それなりに楽しめる群像劇なのですが、誰に感情移入すればよいか悩みました。それでも僕が感情移入したは、看護師のアリスでしょうか?本当にアメリカにアリスのような人がいるのであれば、アメリカもまんざら捨てたものではないな、と思いましたが、彼女の息苦しさも伝わりました。また、ティモフェイ役のビル・ナイは本当に良かった。彼の優しさとユーモアがこの映画を成立させていると思いました。
一方、主人公のクララは可愛いお母さんですが、万引き、無銭飲食しつつ、人の好意に甘えるのは、どうなのでしょう?と思ってしまいました。確かに家出すると極めて無力な田舎の主婦にすぎないかもしれませんが。次男の入院費用をちゃんと払ったの?もちろん、そう考えるのも野暮ですが。
「万引き家族」は誰の好意にも甘えていません。昨年観た、ケン・ローチ監督の「家族を想うとき」でも、本作と同様、ちょっとしたことで、どんどん落ちていきますが(元高福祉国家のイギリスなのに、案外誰も助けてくれないし)、お父さんは決して犯罪はしませんでした。
ちなみにジェフ役の若い俳優さんが、若き日のウィレム・デフォーに似ていると感じたのは僕だでしょうか?
華やかなNYの裏側のあたたまる話
緊急事態宣言の中、家族からいろいろ言われるので、映画に行く回数を減らしている。その中で厳選して見に行きました。
この寒い中、登場人物が皆優しくて、心を温めてくれる映画でした。
特に、赦す(forgive)という言葉の救いを実感しました。赦すまでに、自分のことを話すことが難しいこてを実感しました。(多分、自分を誰もまともに告白しなかったと思う)
ロシア人オーナーが全ての人の媒介となっているので、あのじいさんが一番温かい。
映画の題名は、原文が良かった。いい意味で想像と違う内容でした。
万引を容認するところが残念。コロナで失業や給料減額が行われている世...
万引を容認するところが残念。コロナで失業や給料減額が行われている世の中ですが、やってはいけない事の線引きはあるはずです。でも、息子ふたりは立派。これまで育てていた事の結果だと思うと、お母さん頑張ったねと言いたいです。貧困は身近、をリアルに感じました。
女性監督でした…
なんか柔らかくて優しい映画だなー、なんて思ったら女性監督だった。この目線は女性ならでは、なのかしらん。義理の父親や旦那以外は親切なひとだらけ。こんなうまい巡り合わせは早々ないと思うけどほっこりなりました。優しい気分になれるなー。
新春からほっこり
予備知識いらないと言うので行きました、どのジャンルかも解らず、最初はちょっと戸惑いましたが、子供を連れてマンハッタンのど真ん中へ当てもなくさ迷う女の目線です。
不安と寒さと、でもなんか、温かい人がいたり、自分が落ちて、初めて知る、人の優しさだったり。躓いても人は差し伸べれられた手で立ち直れるんだ。
良い映画だと思いますが、少し難もあり。とはいえ良作。
今年65本目。明日(おおみそか、31日)に何か行けば66本目になりますね。
さて、こちら。大阪市では1週間遅れの公開になってしまいました。
しかも放送している映画館は2つという状況。シネリー○ルさんには感謝ですね。
多くの方が書かれている通り、「ロシア料理店」という点はあまり本質論ではなく(実際、ロシア料理か?と言えるものはほとんど出てこない)、色々な悩み…たとえばDV(ドメスティックバイオレンス)などを抱える人たちが集まる場といった感じになってしまっています。
それにしても、あのDVのやり方は…日本では即警察が来て逮捕されるでしょうね…。
作品自体はそれでも「食に関係する映画」ではあった点は間違いないものと思いますが、タイトルだけを見るとロシア料理をたくさん食べる映画なのかなぁなんて思っちゃう人が出かねない、「タイトルで誤解を招かせる」状態になってしまっているかと思います。
ストーリー自体には大きな問題はないし、問いかけたいことも明白(日本とアメリカなどでは当然その取り組みもあり方も違いますが)ですが、タイトルに難がありすぎて、伝わりにくいのではないか…というのが心配です。
ちょっとこういう点は(申し訳ないけれども)減点材料にせざるを得ませんね。
とはいえ、限られた状況の中で自分の再出発をどこにとって、そしてそれをかなえるためにどうすればよいか、周りと話し合って決めていく、そういう「芯の強さ」は見えましたし、「タイトルもいい加減なら何が言いたいのかも意味不明」でもなく、「タイトルを変にしちゃったために混乱する人が出てくる「だけ」」であり、映画自体はそういうマイナス点はあるものの、「伝えたい点」はしっかりとあります。この点は高評価です。惜しむは放送されている映画館が少ないことですね…(大阪市でも2つしか見つからず)。
減点材料は下記の0.5で、4.5としました。その大半は「タイトルが乖離しすぎ」というものであり、それさえ目をつぶるのであれば4.9で七捨八入で5.0になるので(私がいつも基準としている通り)、「伝えたいことはしっかりとわかる」(単にタイトルが乖離して、それを意識すると混乱しかしない)ので大丈夫です。
帰りにピロシキ(ロシア風のお総菜パン)を成城×井で買って帰りました(別に隠す必要ないと思う…)。
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減点0.4 本映画の原作タイトルは The Kindness of Strangers です。「見知らぬ人の優しさ」程度になるでしょうか。それをどうすると「ロシア料理店」だのになるのかよくわからず…。確かにロシア料理店「も」絡んでくるんですが、そこまで大胆に日本語訳って変えていいんでしょうか…?(もしそれで観客数に大きな影響があったら、誰が責任取るんでしょう…?あるいはそれも含めて了解済み??)
確かに洋画の場合、宗教に関することや細かい古い時代からの慣習・言い伝えにまつわるものなどはそのままでは伝わらないので意訳しているケースも多々ありますが、今回はそうではないですし…。どうするとこの訳になるのかまるで???です。
減点0.1 若干ですが、英文法ミスが目立ちました。普通は減点材料にしませんが、語法がバラバラになっており(that節を取れる動詞に関するthat節内の時制不一致、省略できない関係代名詞の省略、分離不定詞など)、字幕はあるので大きな問題ではないですが、個数が10個を超えており(決定的に解釈がおかしくなる場合はそれだだけ、そうでなくても10個が目安で0.1減点)、ちょっと英語の語法…というか…国語でしょうか…に無頓着な部分が正直ぬぐえなかったように思えます。
※ かといって、新聞紙の記事を書くライターレベルの規範的な英文法で、というのも求めませんが、理解に支障をきたすものや多すぎるものは減点材料です。
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