「冤罪と死刑制度を考える」黒い司法 0%からの奇跡 ワンコさんの映画レビュー(感想・評価)
冤罪と死刑制度を考える
日本にも冤罪事件は沢山ある。
その中で、最も知られたものの一つが、現在、最高裁に特別抗告中の袴田事件ではないだろうか。
日本で冤罪として認められたケースを見ると、やはり警察や検察の捜査段階での決め付けが、大きな原因のように考えられる。
証拠のでっち上げもあったことは間違いない。
しかし、アメリカの場合は、これに人種差別の問題が絡み、白人の市民感情も手伝い、冤罪が容易に生まれる状況になってしまっているのだ。
住民の安心な生活には対立は必要ないにも拘らずだ。
このアメリカ社会にあって、映画が取り上げたブライアンや支援団体の揺るぎなき姿勢は、2時間ほどの物語の中ではとてもドラマチックに見えるが、実は非常に地道で忍耐が必要だ。
ブライアンが「絶望こそが正義の敵だ」と言うが、死刑を待つ身にしてみたら、絶望以外の感情なんてないに等しいのではないか。
日本の弁護士会が後押しする再審請求の大変さも伺えて、頭が下がる想いだ。
そして、死刑制度。
オウムのテロ事件や、秋葉原の無差別殺人事件、神奈川県の障害者施設の襲撃殺人事件などを考えると、死刑制度自体を再考するのは日本では困難だと思うし、裁判中の女児虐待死事件を報道で目にして、こんな父親を生かしておくな!とか、つい考えてしまう自分もいて、感情に依らず思考を巡らすことの困難さを改めて思い知る。
ただ、僕は、人間は理性的な存在であると信じている。
だから、この原題タイトルが、Just Mercyなのではないかとも思う。
そして、僕は全ての国民が、この現代社会にあって、人が人に死刑を宣告し、これを実施することが、ある意味残虐で、本当は適当なのか常に自問自答はして欲しいと思う。
こうした思考を巡らすことも、きっと正義に繋がると信じているからだ。
死刑に立ち合い、衝撃を受けるのは、遺族だけではない。
実行に携わったら後味も悪いに違いない。
今、世の中では、食肉用の牛や豚の命を絶つ際、出来るだけ苦痛を感じないようにする試みが広がりつつある。
人の絞首刑はどうだろうか。
そんなところから考えて、感情に依らずに議論してみたって良いのではないか。
映画の物語に胸は熱くなる。
だけど、この映画は、そのもう一つ先を僕達に問うているのではないかと思うのだ。