ジョーカーのレビュー・感想・評価
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5つの謎を検証
※ネタバレを含みます。
※ストーリー解釈がメインなので、
映画を見てから読んでください。
とにかくホアキン・フェニックスの
演技が素晴らしい作品だったと思います。
後世に残る名作だと思います。
最後に大きなオチがあるので、
まず主人公アーサーの物語をおさらいします。
【ネタバレを含むあらすじ】
弱者に不寛容な生きづらい社会。
脳の一部を損傷し笑いが止まらなくなる
病気を抱えた主人公は
人々に馬鹿にさられながらも
「狂っているのは自分ではなく世間の方だ」
と信じて、病弱な母親を介護しつつ
貧しく苦しい生活を健気に生きる。
夢は人を笑わせる
スタンドアップコメディアンだが、
毒舌や皮肉の才能はなく
人から笑われるピエロの仕事をしている。
ある日、電車内でエリート会社員3人に
ピエロ姿を馬鹿にされた上で暴行され、
持っていた銃で3人を射殺してしまう。
罪悪感があるものの、
なぜか気分が晴れやかになる。
貧富の格差が広がる中、
ピエロ姿の犯人は英雄視されるようになる。
主人公は定期的にソーシャルワーカーに会い
精神薬を服用していたが、
社会福祉縮小のためサービスが打ち切られ、
薬を貰えなくなり、妄想を見るようになる。
そんな折、母親の手紙を読んで
街の有力者トーマス・ウェインが
実の父親であると知り、
異母弟であるブルースに会い
ウェインに確認しに行くが、相手にされない。
自分の出生について知るため
母親の過去を調べようと、犯罪者を収容する
アーカム精神病院でカルテを奪う。
すると自分は養子で、幼少時に
母親とその恋人から虐待を受けており
自分を苦しめてきた脳の障害は
その後遺症だと知る。
狂っていたのは世間ではなく自分だった。
人生を破滅させた母親を優しく世話してきた
自分の人生は喜劇である。
主人公は母親を殺し、
ジョーカーとして生まれ変わる。
自分を陥れた同僚を殺し、
テレビのトーク番組に出演し
会社員殺害を告白。
殺害理由は音痴だったから。
(ジョークのつもり)
そして昔から父のように憧れ
尊敬していたトーク番組司会者を
生放送中に射殺する。
(最高のジョークのつもり)
(※killing jokeと呼ばれています)
街は貧困に喘ぐ暴徒で溢れており、
ジョーカーは彼らのシンボルとして
崇められる存在となる。
そして母親と同様、
アーカム精神病院に収容され
日々妄想を見て過ごすことになる。
これがのちにバットマンの最強の宿敵となる
ジョーカーの誕生秘話である。
【5つの謎を検証】
①どこまでが妄想でどこからが現実か?
いわゆる「信用できない語り手」という手法。
主人公の妄想と現実が入り混じって
境界がよく分からない作りです。
一部トークショーの観客席にいる所と
ソフィとの関係は妄想ですが、
ここでは、冒頭からすべて現実で
「最後に精神病院で思いついた何か」は
妄想である、という路線で進めます。
その「何か」については⑤で取り上げます。
②ジョーカーはあのジョーカーなのか?
主人公はバットマンの最強の宿敵である
狂人ジョーカー自身なのか、
それとも主人公に影響を受けた
暴徒の一人がジョーカーになるのか。
最後に主人公を車から引きずり出して
祭り上げた仮面の若い男や
ブルース・ウェイン(のちのバットマン)の
両親を殺した仮面の若い男が
あのジョーカーになるのだろうか
と一瞬思いました。
主人公に影響を受けた
暴徒の一人があのジョーカーになり
第二第三のジョーカーが生まれていく
という面白い発想かと思いましたが、
やっぱり主人公が
あのジョーカーという気がします。
その理由は③で説明します。
③なぜ主人公はジョーカーになったのか?
この作品を見た人の多くは
誰でもジョーカーになり得る、
弱者に不寛容な社会こそが
ジョーカーを生み出したのだ、
という論調だと思うのですが
冷静に考えるとそうじゃない。
ジョーカーを生み出した原因は
紛れもなく脳の一部の損傷で、
そして福祉サービスの打ち切りにより
精神薬を飲めなくなったこと。
なぜ脳を損傷したかというと、
ほかでもない今まで尽くしてきた母親と
その過去の恋人から虐待されていたからです。
弱者に冷たい社会が悪い、
自分と母親は健気に生きる
清く正しい貧困層だ、と信じてきたのに
実際は妄想症のある毒親とその子供だった。
それを知って、客観的に見て
自分の人生は喜劇である
と主人公は感じました。
そこからはほとんどあのジョーカーです。
一番輝かしい舞台はトークショー出演です。
ピエロのメイクをして
エレベーターに乗るシーン、
階段を踊りながら降りるシーン、
トークショーで紹介されて出て来るシーン、
めちゃくちゃかっこよかったですね。
この時、主人公は自殺するつもりだったので
最後の晴れ舞台への緊張感からか
ジョーカーとしての自信からか
別人のようでした。
そしてここまで容赦なく
「ジョークとして」人を殺すのは
主人公があのジョーカーである
根拠となると思います。
社会に対しての怒りなど、
簡単に説明のつくありきたりの理由では
あのジョーカーにはなりません。
という訳で、
社会に不満を抱いている自分も
もしかしてジョーカーになり得るかも、
と恐怖を感じている方、大丈夫。
そんなことではジョーカーにはなりません。
④ブルースとは異母兄弟なのか?
主人公の母親は30年前に
ウェイン家で働いており若く美しく
ウェインからラブレターをもらっている。
(当時の母親の写真の裏に
「君の笑顔を愛す。TW」と書かれている)
母親が主人公と養子縁組をしたのは
ウェイン家で働いている時だった。
精神疾患のある独身女性が
養子縁組できるわけもないので、
この時は精神疾患(妄想症)がなかった
と思われます。
その後、ウェイン家を追放されている。
母親は妄想症になり、
恋人の男性に暴行を受けながら育児放棄、
息子は恋人に虐待を受け脳の一部を損傷する。
そしてアーカム精神病院に入院する。
この事実から考えて、
主人公はトーマス・ウェインの息子(落胤)で
ブルースとは異母兄弟である
という可能性は残されていると思います。
ウェイン家は養子縁組という形式を取って
息子を母親に引き取ってもらった。
ちゃんと子育てをするようなら
資金援助をしようと思っていたけれど
母親が暴力男と一緒になり
息子を虐待したので関係を断ち切った、
ということだったかもしれません。
母親の精神病院のカルテをじっくり検証したい
と感じました。
⑤最後のシーンはどういう意味か?
この作品はバットマンを知らなくても
楽しめるようになっているのですが、
それだと可哀想な犯罪者の物語で終わります。
もちろんそれだけでも相当クオリティが高く
映画館で見る価値がありますが、
バットマンとジョーカーの
設定を知っている人は
最後のシーンでもっと楽しめます。
主人公は精神科医と話しているうちに、
路地裏で両親を殺された
ブルース・ウェイン少年が
将来バットマンになって悪と闘う
というジョークを思いつきます。
また、ジョーカーの設定として
ハーレイクインという元精神科医の
恋人がいるのですが、
それは精神病院での面談によって
思いついたものと読めます。
つまり
バットマンシリーズの物語の
生みの親はジョーカーである、
というお洒落なオチなのです。
そう言われてみれば、
エリート会社員の殺害はどことなく
バットマンを彷彿とさせます。
勧善懲悪の自警団で悪を滅ぼす。
もともとバットマンシリーズでは
バットマンが正義の味方になったり
復讐の鬼になって悪に染まったり、と
単純な二元論では終わらず
バットマンとジョーカーは正反対に見えて
狂気を軸に同じようなことをする二人
として描かれています。
それもそのはず。
主人公アーサーは自分の経験を元に
自分の表裏一体の化身として
バットマンを誕生させたのです。
凄いオチです。
これだけ陰鬱な内容なのに
粋なコメディ作品のように見せるのは
「笑いとは何か」をずっと考えてきた
コメディ映画の監督だからこそ
撮れた気がします。
【ジョーカーについて】
ストーリー解釈は以上ですが、
やっぱりホアキン・フェニックスの
演技がとんでもなく素晴らしい。
ジョーカーは色んな俳優が演じていて
「バットマン」のジャック・ニコルソン、
「ダークナイト」のヒース・レジャー、
「スーサイド・スクワット」の
ジャレッド・レト、
全て素晴らしいと思います。
ヒース・レジャーが
撮影後に亡くなったこともあり、
ジョーカー役を演じるのは
悪魔に魂を売るような行為とも
言われています。
ホアキン・フェニックスの
鬼気迫る迫真の演技。
ジョーカーを演じることへのハードルを
また一段上げました。
この演技を見るだけでも、
十分劇場に足を運ぶ価値があると思います。
よき理解者がいたら…
実は、「バットマン」シリーズ、あまり好きじゃなくて、見たことないんです。ダークナイトのヒース・レジャーは、知ってます。予告編が強烈だったし、面白そうだったので、バットマンに興味はなかったけど、観に行こうかと思ったくらいでした。でも、観に行かずじまいでしたが…。今回は、観に行こうと思ったのは、バットマンが出演しないからかな…。
今回、この「ジョーカー」を観るにあたり、少し調べたんですが、ジョーカーが出てきたのは、ダークナイトだけじゃないんですね。そして、演じていたのもヒース・レジャーだけじゃないんですね。知りませんでした。
さて、今作品ジョーカーですが…。なんとも、いたたまれない。よく、時代のせいって言葉を聞きますが、まさしくソレ。いわゆる底辺の生活。それでも、慎ましく生きていたのに、理不尽な扱いを受ける。それも、知人から赤の他人まで。報われないわ…と思ってたら、ご近所の女性と親しくなって、一縷の望みだと思ったら、まさかの妄想。良き理解者であるはずの母親も、実は、ネグレクトだったことが分かったり、踏んだり蹴ったり。そりゃ、死にたくもなりますよ。たった一人でいい、彼の理解者がいたら、こんなことにはならなかったのかも…。
これはジョーカーの映画なのか?
すべてを改めて反芻すればするほど、この映画はすべてが妄想で、ラストのホワイトルームのみが現実なのだと解釈する。そう考えると、この映画はジョーカーの映画ではないとも言える。これはアーサーという妄想癖のある精神異常者の話でしかないという、おそろしい結末なのではないか。
アーサーという、映画、アメコミ、お笑いが好きなサブカル精神異常者が、自分がジョーカーになりきって悪のヒーローとして生まれ変わることを妄想しているという、ただそれだけの話なのではないか。
そして、「良いジョークを思いついた」という台詞は、トッド・フィリップス自身の言葉をも代弁しているのではないかと。つまり、「良いジョーク」=「いまやドル箱となったアメコミ映画の顔した、ただの異常者の話を映画化すること」なのではないか。
この映画が製作され、アメコミ映画としてヒットしていることも含め、壮大なジョークとしての作品なのではと考える。アートシーンでいうバンクシーのようなトリッキーなプロジェクトであり、このことは『容疑者、ホアキン・フェニックス』にも通じる。
頭のいかれた妄想癖のアーサーは、トッド・フィリップ自身でもあり、とんでもないジョークをやってのけたのではないか。
JOKERの名を借りた低予算C級映画 ただただつまらない
こういうのをピカレスクといいのか?
ホアキン版『タクシー・ドライバー』
何かを語りたくなる
バットマンのスピンオフだと思わないほうが良いと思います。普通のアメコミ映画とは、まるっきりの別物です。
映画館で見終わったあと、近くの席の人が、
「内容が薄い。何も無かった。アメリカの狂人が犯罪者になっただけ」
と怒った調子で言っていました。たぶん、彼はバットマン映画のファンだったのでしょう。アメコミの映画という評価基準なら、本作は駄作です。他のDC映画やマーベル映画を大好きな人は、まったく違うもののつもりで見てください。そうでないと楽しめません。
で、アメコミ要素もそれ以外も、ひっくるめて評価して☆4.5です。
見終わって、いろんなことを語りたくなって、酒を飲みながらSNSで夜更かししました。上にも書いたこととか、フェニックス(ジョーカー役)の演技とか、笑顔が悲しいとか、笑顔が怖いとか、笑わないデ・ニーロとか、社会の歪みがどうこうとか、リアルすぎてせつないとか、悪役への感情移入とか、子供ブルースかわいいとか、ゴッサムシティは修羅の国とか、いろいろ。
あまりに多すぎるので、ここで繰り返すことはしません。この映画をご覧になれば、似たような気分を共有していただけると思います。
ボッコボコに叩きのめされたことがある人間だけが舐めた辛酸が舌先を痺れさせる最凶のコメディ映画
ゴッサムシティで母と二人暮らしのアーサーはスタンダップコメディアンとして舞台に立つことを夢見る心優しい道化師。楽器屋の閉店セール宣伝中に不良に絡まれてボコボコにされたのに楽器屋からは職務放棄とクレームされる始末。見かねた同僚から自分の身は自分で守れと38口径の銃を手渡されたことをきっかけにアーサーの中でくすぶっていた何かが熱を帯び始め、地下鉄の中で酔っ払いの証券マンに因縁をつけられた時にそれは沸点に到達する。
蔑まれ虐げられる毎日の中で自分の実在すらも信じられないほどに魂をすり減らした男が、世界の構造を悟り己の使命に目覚める。ジョーカー誕生譚でありながら実はスーパーヒーローのそれと何も変わらない。狂ってるのはオレか、それとも世界か?自身の出生の秘密を知らされ現実と妄想がない交ぜとなった世界がぐにゃりとひしゃげて紡がれたメビウスの輪の向こうに見えた結末が別の物語の始まりとなる。『狼よさらば』、『ダーティー・ハリー』、『タクシー・ドライバー』、最近では『天気の子』まで一丁の拳銃が解き放つ狂気が観客の魂を激しく揺さぶる、これは途方もない傑作。
『her 世界でひとつの彼女』、『ビューティフル・デイ』、『ドント・ウォーリー』と悲惨な運命に翻弄される男を執拗に体現してきたホアキン・フェニックスが全身から解き放つ狂気と悲しみと滑稽さは、居心地の悪いこの世界で慎ましやかに生きる何者でもない人の胸にザクッと楔を打ち込みました。私が号泣した瞬間にあちこちから啜り泣きが聞こえた時に今生きているこの世界もまたゴッサムシティそのものであることを確信しました。そしてジョーカーに最後の一線を越えさせる役割を果たすTV司会者マーレイをロバート・デ・ニーロが演じていることは『タクシー〜』、『キング・オブ・コメディ』を観てきた世代には感慨深いものがあります。
そしてこの映画の背景になっているゴッサムシティの荒廃がフィクションなのに余りにもリアルなのも印象的。どうしようもなく悲惨過ぎてもう笑うしかないほどボッコボコに叩きのめされたことがある人間だけが舐めた辛酸が舌先を痺れさせる、そういう意味では今年最凶のコメディ映画とも言えます。シャレならん傑作です。
心を蝕むとはこのことか
凶気、胸クソの悪さ、デートで見に行く映画ではない(笑)
若い方が、たくさん観に来てましたが、
これはデートで見に行く映画ではない(笑)
ジョーカーという存在をどこまでリアルに描けるか、
挑戦した映画であって、娯楽映画ではない。
バットマンも出てこない。
個人的にヒースを超えるほどの『絶対悪』を感じなかったが、
凶気に至るまでの演技は素晴らしかった。
自分の渾身のジョークをネタにされたときの、
静かなる憤怒の表現は寒気がするほどだった。
色んな所で、ヒースを超えたみたいな論評がなされてるが、
別のジョーカーとしてみるべきと思う。
主演と監督のリアル ジョーカーへの挑戦として、
演技(特に表情)と音楽を感じてほしい。そんな作品です。
ラストの解釈も色々あると思うので、演技好き、脚本好きで
ワイワイするのも面白い。
終わった後は、一人でタバコを吸って、
アーサーに共感しましょう。
凶気のピエロの気分で笑いましょう。
それこそが人生。
カリスマ
「カリスマ」
常人を超える資質を持つ人に対して使う言葉ですが、この作品のジョーカーがまさに当てはまると思いました。
もちろん、一般社会で犯罪を犯すことはいけないことですがこの映画を見ているとそれすらも魅力的に見えてきてしまう。
映画として、前振りがかなり長いですがそれもクライマックスのために溜めていたと考えると必要だったのかなと思います。
ジャックニコルソンのジョーカーは知らないですが、ヒースレジャーとジャレットレトのジョーカーに比べるとより重くて引き込まれるものがありました。
これは役がそうさせるのか、演者がそうするのか。
どちらにせよホアキンフェリックスはやっぱりとてつもない俳優ですね。
アーサーがジョーカーになるまで
ジョーカーになってからはやる事が派手で狂っていきますが、その根本は幸せになりたいとか人に優しくされたいとかの純粋なものだったと感じました。
ネットニュースで「子供には見えられない作品」とありましたが、本当に見せられないですね。
狂信者になられては手のつけようがないですもの。
凄絶!悪を誘う究極のカリスマ・・・降臨!
「ジョーカー フォリ・ア・ドゥ」を見に行くにあたってのおさらいです。
当時は、アカデミー賞を取るんじゃないかって噂になるほどのスゴい作品でした。
とにかく、見ていて圧倒されるって言うんでしょうか、見終わったあとは、ドッと疲れるようなエネルギッシュな作品です。
ホンっと面白い。特に最後が凄まじい。トリハダたっちゃいます。
昔、テレビでバットマンをみた覚えはありますが、ジョーカーは全く記憶にありません。
ジャック・ニコルソンのジョーカーが初認識です。でも、あの作品自体にあまり思い入れがないので、単なる敵役の一人でした。
衝撃だったのは、やっぱりヒース・レジャーですね。後にも先にも最高の敵役だったんじゃないでしょうか。
「スーサイド・スクワッド」のジョーカーも悪くないですが、全くの別物です。
そして、本作品のジョーカーが、さらにスゴい。上手く言い表せませんが、自分の中ではこのジョーカーが将来、ヒース・レジャーに繋がっていく線がはっきり見えた気がします。 まさにダークサイドに堕ちていく凄まじい人間ドラマでした。
DCも、この作品から、新たな展開を迎えた気がします。
マーベルみたいな連携した作品でなく、一本の単体のドラマ。それも、ヴィランが主役の重厚な人間ドラマ。いや〜、ホンっと見応え十分です。
今回もそうでしたが、何回見ても、圧倒されちゃう一本です。面白い。
ただ、ジョーカーを知らない初見の人は、どんな風に見るんだろう? 普通の人がダークサイドに堕ちていくさまだけで楽しめるんだろうか?少なくとも面白さは半減じゃないかな。
WHITE ROOM
で、毎度毎度痺れる。。
もうすぐ公開される"ジョーカー2"に合わせて、現在リバイバル上映されている本作を鑑賞してきました。
このレベルの作品になると、こちらには初見の方はいないだろうから、あらすじ云々は省略で。。
私は、様々な媒体で3、4回位観ているのだが、解説とか見ていないので、
初見の先入観が拭いきれず"決めつけ"ている部分もあるかもしれませんが。。
しかし
観るたびに実はほとんどがアーサーの妄想に思えてきて立ち止まってしまう。
(DCやアメコミは詳しく知りません)
この信頼できない語り部がみせる現実と妄想にいつも溺れてしまう。
差別・貧困・病気、社会的弱者という背景。
自分ではどうしようもない怒り。
彼に同情しても良いのか?
心優しかったアーサーは、理不尽だらけの世の中の犠牲者なのか?
民衆に祭り上げられた哀しいピエロは、我々の代弁者なのか?
本当に"弱い者"なのか?
現実逃避の先に希望を見たのか。
その希望は願望から作られた都合の良い妄想なのか。
辛い現実から逃れるための手段として彼の中で美化された妄想に、鑑賞者も混乱させられ、徐々にアーサーと同化していく恐ろしさ。
彼に付き合わされてしまうのだ。
私が、あなたが、
アーサーに共感(共鳴)して
"しまった"所が、もしかしたら彼の妄想
(嘘)だとしたら。。と、考えると、
又また恐ろしい。。と、思うのです。
言わずもがな、ホアキン・フェニックスの魂の芝居に圧倒される。
これが見たくて、あまり観たくないのに観てしまう。
痩せこけた身体にアンバランスなピエロのメイク。
不気味で異様なのに、美しいとさえ思ってしまう。
初見から何年も経っているのに、こんな風に思い続けているという事は、
まだ、取り込まれたままなのか。。
だって、勿論続編も観るし今から楽しみだ。
狂気
ジョーカーは身近にも存在する
これはなんと悍ましく衝撃的な作品なんだろうか。悪のカリスマであるジョーカーの誕生秘話に圧倒された。狂気の塊・アーサー役を演じたホアキン・フェニックスも実に素晴らしく不気味な笑い声が頭から離れない。狂気を感じる音楽も抜群。
社会から孤立し悪へと変貌するアーサーの姿を見て感じたのは、いつの時代も狂気な殺人事件が発生していて、我々の身近にもジョーカーは存在しているのではなかろうか。
2019-221
完成度の高い映画だが…
音響、映像、シナリオ、演出、役者…どこをとっても非常に完成度が高い映画であり、公式が言うように「アカデミー賞間違いなし」なメッセージの強い怪作であることには間違いない…
ドルビーシネマズで観たのだが、特に音響の出来があまりにも高く感心した。
しかし一方これがバッドマンシリーズのスーパーヴィランであるジョーカー誕生の物語かと言うと少し疑問がある。たしかに本作はゴッサムシティの社会的弱者にとってのアイコンとしてのジョーカーの誕生の物語であることには間違いないのだが、彼が頭のキレる「カリスマ」としてのあのジョーカーになるとは到底思えないというのが正直な感想。
この物語をジョーカーを素材にしてやる意味があるのか?という思いもある一方、ジョーカーを素材にしなかったらこの物語はこれほどにも世界中に響く映画とはならなかっただろうなとも思い、タイトルにある通り「完成度の高い映画なんだけど…」となんとも言えない気持ちで映画館を後にした。
業の深さ
まずホアキン・フェニックスの人間的な奥行きに驚かされます、演技から垣間見れる業の深さとでもいいましょうか。何故なら、貧困や狂気を実際に生きた経験がないと醸し出せない演技をするからです。
物語はというと、世の下位層の不満を代弁したかのようです。そういうと大袈裟かもしれませんが、少なくとも富裕層は冷や汗を掻くことになるでしょう。まるで恵まれない人間への鎮魂歌の様でもあります。
日本には天は人の上に人を作らずという言葉があります。しかし、それは、まやかしで実際には人の上に人はいます。それどころか弱者であるほど搾取され、あらゆる悪条件を飲まされ選択の余地を奪われてしまいます。
この映画の残酷なところは、何かの歯車一つでジョーカーが幸せに暮らしたり、夢を叶えたりするもう一つの現実が見え隠れするところです。その幸せな世界からは、ことごとく分断され、梯子は外され足枷を外すことができません。それでも人生を喜劇と捉える主人公が痛々しくてなりません。
その様子に私達は、心を締め付けられることになります。
点数を付けるのも野暮ですが、本作に92点を付けたい。ビューティフル・デイは78点くらい。
虐待・街でのデモ・覆面。。。そして狂的な社会。とてもタイムリーで圧倒的な完成度の芸術映画
アメコミ映画は基本的に観ないことにしているが
この映画は別格だ。観る事を躊躇しなかったし
この芸術映画を観たのは正解だ。 観なかったら後悔しただろう。
前作(ダークナイト)において、故ヒース・レジャー氏は高評価を得ていたが
ジャンキーの演技なので、僕にとって、それは評価外・論外であり、
狂人の極端な演技は差ほど難しくはない。
それに比べ、後半マイケルジャクソンにさえにも魅えた
主人公ホアキンさんの役作りと演技は完璧だ。この映画の背景すべてを完璧に語っている。
そして紙1枚とネタ帳で映画の前提をすべてを表現した脚本も凄い。
楽しいから笑うのではなく、悲しいから笑うのでもない。
彼は感情が高まると泣くのだ。
だから彼は真の”笑い”というものを知らない。
その知らないもので、自分探しをするが
それは残酷でもある。
彼は根っからの社会的弱者・障壁者なので、本来守られるべき人間であるが、
社会が彼を犯罪者にしたのではなく、弱者切り捨てによって作られた隙間に落ちた人間で
妄想好きな狂人
映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」と同じだ。
多々でてくる回想シーンはボッーと観ていると勘違いしそうなシーンで構成されているが、
構図も撮影・カメラワーク・照明もすべて完璧!
オレンジライトとブルーライトをうまく使い分け、綺麗な色彩を演出していた。
構図・音楽・効果音が的確で
非常に考え尽くされた画面と
オープニング・エンドタイトルに至るまで、センスよく
ほんの僅か上映時間が長い気もするが、脚本もピカ一
完成度が非常に高い作品
しかし、冷蔵庫を映すシーンの必要性とカメラの動きの訳
途中に入ったギーィ音の意味が気になったので、監督に訳を聞きたい。
この映画を観たら、鏡に映る対照的な「タクシードライバー」を見直したくなった。
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