「観客も悲劇だと騙されるという笑い話」ジョーカー 逆さクラゲの飼育員さんの映画レビュー(感想・評価)
観客も悲劇だと騙されるという笑い話
見終わった直後、ホアキン・フェニックスの名演、画面のルックの美しさから凄い映画を見たと感じたのですが、それと同時に変な違和感が残りました。
ん?この話って、悲劇的な要素が全くと言っていいほどないですよね?
この映画で描かれているアーサーは、悲劇的な人生を送っているように演出されていますが、実はアーサー自身の迂闊な行動以外に悲劇的な事って冒頭のくだりくらいしか起こってないんですよ。まぁ、悲劇は主観なので、アーサーにとっては絶望したい気持ちだったのかもしれませんが…
映画冒頭のくだりにしても、悪ガキの集団にからまれて酷い目に会い、雇い主から理不尽な対応をされて、非常に可哀想な展開から始まりますが、これって映画に置ける悲劇の中でも他愛ない部類に入ると思うんです。どんな仕事をしていても、多かれ少なかれ出くわす出来事で、一々気にしていたら仕事にならないでしょう。サラリーマンしてたら自分の責任じゃない事の責任も取らされますし、コンビニや居酒屋のバイトしてたら関わりたくない悪ガキにも出くわすでしょう。しかもアーサーには自分の心配をしてくれる同僚もいるんです。小人症の人とかめっちゃイイ人じゃないですか。もっと恵まれていない人なんて五万といますよ。アーサーに降りかかる不幸は、この後も度々発生するのですが、自分自身の迂闊な行動から発生している物がほとんどなんです。
何をするにしても「迂闊」なんです。このアーサー君は。
そういえば、今年の夏に「渚の兄妹」を見たのですが、これも同じ貧困と障害をテーマに扱っていた映画です。その日を生き抜くのもままならず、収入を得るために反社会的な行動をしてでも、何とか毎日を生きようとしてるその姿は見ていて心を締めつけられました。不器用な生き方しかできない主人公達に凄く実在感を感じれたんですね。それは、現実の貧困を描こうと作り手が考えているからです。
しかし、ジョーカーの製作陣は、現実の貧困を描こうとはしていませんよね。あくまでファッションとしての貧困です。バスルームで綺麗に体を洗い、風呂上がりにソファーで休憩しつつ、娯楽番組をテレビで見て、街で見かけた可愛い娘とあんなこと良いなぁ~出来たら良いなぁ~と妄想にふけって、仕事で嫌な事があったから、現実は厳しいなぁー、辛いなぁーと言ってるアーサー君。しかも、1980年代当時でビデオデッキまで家にあって、一張羅まで持ってるって、実はお金に余裕がある生活してるし。
ん、何コレ?
「フロリダプロジェクト真夏の魔法」の親子に「アーサー、お前甘えるな!」と本気で怒って欲しい。頼みますムーニー姉さん!
もしくは、「万引き家族」で虐待を受けていたゆり姉さんでもいいです!
ジョーカーを見た人達が、まるで今の社会情勢を反映している映画のように評していますが、みんなジョーカーのジョークに騙されていますよ!
これは、社会風刺の映画としては星0です。
ただ、見終わった直後、凄い映画を見たという気持ちは確かにあって、ホアキン・フェニックスの名演は見る価値ありますし、何より画面のカッコよさは惚れ惚れしました。すごく批判的な事ばっかり書いてしまいましたが社会風刺の映画ではなく、アメコミ映画として見たら楽しめました。
元から狂人としての素養があったアーサーが、ある出来事をきっかけにドンドン自分の内に秘めていた悪の部分を解放していく映画として見ると、十分楽しめました。そう考えると今までのジョーカー像とそんな変わらないですしね。
たぶん、「渚の兄妹」は辛すぎてもう見ないのですが、「ジョーカー」は配信されたら見返すと思います。(楽しい映画なので)