「とある悲しい男の孤独と絶望を描いた上質な人間ドラマ」ジョーカー 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
とある悲しい男の孤独と絶望を描いた上質な人間ドラマ
これは悲しい男のドラマだ。一人の男の孤独と絶望とが、小さな出来事の積み重ねで徐々に徐々に狂気と化し、凶暴性が目を覚ましていくその様子がなんともドラマティックかつ非常にデリケートに描かれており、重厚なヒューマンドラマか宛ら上質なドキュメンタリーの如く胸を打った。そしてまさかと思いつつ強い共感すら覚えてしまった。
というか、今この現代と言う時代において、アーサーに共感する人は少なからずいると思う(もちろん彼のような行動に出るかどうかは別問題として)。胸の奥にある鬱屈とした思いや、拭いきれない不満だったり、ふとした時に「あぁ自分は報われない方の人生なんだ」と気付いてしまう瞬間とか、そういうものを抱えて生きる感覚は、少なからず私にはよく分かると思ったし、そしてそういう感情が怒りに替わってしまいそうになる気持ちも、やっぱり分かってしまった。
突然笑いだしてしまう病も、母の素性や過去も、秘めた恋の妄想も、大失敗のスタンダップ・コメディも、全てが後のジョーカーというモンスターを形成するものだ。実は野心もあるし、欲望もあるし、理想もある。だけどいつも貧乏くじばかりを引いてしまうようなアーサーという男の人生は、いつになっても社会と親和していかない。ただ程度の違いこそあれ、そういう人生を送っている人は今の時代決して少なくはない。映画の時代背景は現代ではないのだけれど、アーサーと言う男そしてこの映画が定義したジョーカーという存在は、現代におけるアンチヒーローとして確かだと思った。
そしてそのアンチヒーローを演じたホアキン・フェニックスの名演たるや!肉体をげっそりと痩せさせて心も体もアーサーになりきって、ジャック・ニコルソンにもヒース・レジャーにも引け劣らない見事なもの。全編に亘って彼の役者魂を感じる作品だった。
最近はMARVELもDCもそろそろ倦厭していたところ、この映画だけは「一人の男のドラマ」として堪能できた。原作コミックから離れた独自の解釈が、却って私には良かったのかもしれない。良質の人間ドラマを観た。まさしくそんな気分だった。