「混沌の本質を知っているか?」ジョーカー 王様のねこさんの映画レビュー(感想・評価)
混沌の本質を知っているか?
社会は多数派の主観によって善悪が決まる。
富裕層にとっての「普通」
中間層にとっての「普通」
貧困層にとっての「普通」
これらは別世界だ。
つまり、どの層に何人の人がいるかによって社会の秩序が決められていく。
自分が殺されたくなければ、人殺しを悪とする隣人とルールを守って生きる他ない。
現代では多数の人が不満や不安を抱えて生きている。
作中のゴッサムシティは他人事ではなく、富める者は弱者から永遠に奪い続ける社会だ。弱い者は死ぬまで働き、何も報われずに死んでいく。
そう言った社会の中で生み出されたのが今作のジョーカーだった。
私の中でジョーカーはジャックニコルソン版とヒースレジャー版に落ち着くのだが、ホアキンフェニックス版も良かった。
ニコルソン版でのジョーカーは本名はジャック。バッドマンの両親を殺したチンピラで、後にバッドマンとの戦いで酸の海に落ちたことで顔を整形する。整形の過程で顔面が引きつり、笑顔のまま表情が固定される。時々、舌舐めずりするのは口が完全に閉まらず、口が乾くからだと思う。作中で幾度となく笑うが、表情の下では泣いていると語っている。
ヒースレジャー版でのジョーカーは本名不明。口が裂けているのは父親にナイフで裂かれたからと説明しているが、サイコパス は息を吐くように嘘をつくので真偽の程は定かではない。人の心の奥底には妬み辛み憎悪や嫌悪、恐怖があり、どんなに潔癖な人間でも皮膚の下は残酷な本性があることを望んでいる。人に「笑え」と言う割に自分はあまり笑わない。ニヤリとしたから睨みあげる笑顔を見ただけでジョーカーの狂気に震えが走る。
ホアキン版ではおそらくヒース版のジョーカーになっていくのかな?と言った印象。精神的に少しずつ人間の倫理や理性が壊れていく演技は素晴らしかった。
ゴッサムシティの悪を死刑して回るバッドマン。
ゴッサムシティの善を死刑して回るジョーカー。
両者の違いはどの層を敵と見なしているかの違いに過ぎないのではないか?見方が変われば、善悪の立場は逆転してしまうのではないか?と言う不安を煽られる。
若い世代がこの映画を観たら、確実に思いのままに生きるジョーカーの思考に感化されると思う。
30代の自分でさえ、自己中心的に生きるジョーカーの傍若無人な姿に魅力を感じずにはいられない。いられないが、こんな生き方をしたら群の中で生きていけないことは明らかなので、良い子は絶対に真似をしてはいけない。そのためのR指定作品だと思う。お子様には思想的影響が多大にあると思う。
大人とはなんだろうね。人と生きることができるようになったら、社会の一員として生きていけるのかも知れない。ただ、自分がどの社会で生きたいのかはきちんと考えなければいけない。
私の生きる社会も、ゴッサムシティの隣にあることを忘れてはいけない。