劇場公開日 2019年9月20日

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おいしい家族 : 映画評論・批評

2019年9月10日更新

2019年9月20日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにてロードショー

軽やかにユーモラスに描かれる、新時代の“家族”の理想郷

冒頭、口紅を塗られる唇のクローズアップから、CMかPV風の画面分割を経て、女性の顔全体を写すショットに「おいしい家族」の題字。だが実はこの女性、化粧品売り場で働く主人公・橙花(松本穂香)がメイクを施した一見客で、本筋の家族とは無関係なのだ。やや奇妙なタイトルバックは、大阪出身のふくだももこ監督による「ボケ」だろうか。

東京での仕事と結婚生活に行き詰る橙花が母の三回忌で故郷の離島に帰ると、父の青治(板尾創路)が“母”になっていた。弟と身重のスリランカ人嫁も同居中。一家ですき焼きを食べ始めると、被災地から避難してきた居候の和生(浜野謙太)とその娘ダリア(モトーラ世理奈)が帰ってきて、遠慮も見せずに鍋をつつく。ここからは、かつて小津安二郎伊丹十三森田芳光が手がけた家族劇のように、大家族の多彩な面々が織り成すホームドラマが展開する。加えて、お笑い芸人の板尾、ミュージシャンの浜野、アメリカ人の父を持つモデルのモトーラといった具合に出演陣の俳優以外の属性もさまざまで、演者と登場人物という2層のレベルで豊かな多様性を認識する観客も多いはず。感情を控え目に表現するキャストが多いなか、モトーラ世理奈が飢餓状態で振る舞われた料理をむさぼる表情や、ぐしゃぐしゃの泣き顔が胸を打つ。亡き母役・金澤ちゆきの優美な所作も印象的だ。

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ふくだ監督の2016年の短編「父の結婚」が原作であり、娘が帰省すると父が女性装者になっていて、男性との結婚を切り出すという大筋は変わらない。父の真意は、亡き妻に近づきたいという思いに加え、血のつながらない他者を家族として迎え入れること。脚本も兼ねる監督は自身が養子だったことをインタビューで明かしており、実体験として確信する「血縁に依らない家族の愛」が作品のテーマにもなっている。

本作の新味は、ジェンダーや家族の中の役割、異性装や同性婚など、シリアスに扱われるか、ともすれば過激なユーモアで笑いに転嫁されがちなトピックを、優しい世界観の中で軽やかに提示していること。愛でつながる人々の小コミュニティーを“家族”ととらえる感覚に加え、オーソドックスな家族劇にポップな青春ストーリーを無理なく共存させる演出術にも新しい世代の台頭を感じさせる。

ふくだ監督は今後、やはり大阪出身の西加奈子の小説を映画化したいとか。近い将来、大阪弁の軽妙な会話を活かしたコメディーを作ってくれることを大いに期待している。

高森郁哉

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