「豊かなメッセージ、オリジナリティ溢れる傑作」ボーダー 二つの世界 しろくまさんの映画レビュー(感想・評価)
豊かなメッセージ、オリジナリティ溢れる傑作
観終わったとき、「ええー、こういう話だったのかー!」と思う、観ている間に映画の中の世界が改変される作品。
設定というか、作品が拠って立つ世界観は、いわゆるファンタジーの世界。
「ロード・オブ・ザ・リング」のような異種族が、この世界に生きていたら、という発想だ。
その容姿ゆえ、いや容姿ばかりでなく何かが決定的に異なるために、幼い頃はいじめられ、周囲に馴染めず、疎外感とともに生きてきた女性ティーナ。
それでも彼女は港の税管吏として職を得て、近所の人とも良好な関係を築きながら暮らしていた。
だが、どうあっても「どこか違う」。同居人の犬からは激しく吠えたてられるが、一方で野生のシカやキツネは彼女を慕う、というように。
ある日、税関で出会った“男”ヴォーレ。彼女は彼に惹かれ、関わりを深めていく中で、彼から、「自分たちは人間とは異なる種族のトロルである」ということを教えられる。
自然の一部として生きるトロル。例えば彼らは生きた虫を好んで食べる。
ヴォーレがティーナに虫を勧めるシーン。
初め、ティーナは拒絶する。「やめなさいよ、変よ」。
ヴォーレは言う。「変ってなんだ?」
このシーンは正直、見ていて気持ちのいいものではない。苦手な人には辛いだろう。
だが、例えば肉や魚を焼いて食べるのは「普通」なのか?
好む食べ物が違うことが「気持ち悪い」のならば、人間という種族もまた、他の種族から見れば気持ち悪い存在に違いない。
(虫を食べるシーンを「気持ち悪い」と評する感想が多いが、当然である。「気持ち悪く」描いているからだ。そう感じさせなければ本作のメッセージは伝わらない。その「気持ち悪い」と思う人間の気持ちが、トロルを迫害したのだ)
ティーナもヴォーレも、お世辞にも美男美女とは言えない。だが、その美醜を決めるのは誰なのか?
ティーナの同居人は犬をコンテストに出す。動物にさえも人間は、自分たちのモノサシで勝手に優劣を付ける。だが、当の犬から見たら、人間の付ける順位に意味などないだろう。
この映画は、初めはティーナという変わった女性の奇妙な物語のような印象を与える。
しかし、彼女が自分の正体を知るあたりから、もっと大きなテーマが浮かび上がってくるのが面白い。
例えば、現代社会の抱える民族問題や多様性の尊重、共生などの課題を本作はあぶり出す。
物語の中で、外見が素敵な人間が手を染めている犯罪のおぞましさ、その本性の醜さを、ティーナやヴォーレと対比させる演出は見事である。
加えて描かれる北欧の自然の風景や野生動物の美しさ。
身勝手な欲望を撒き散らし、自然を破壊する。本作は、この地上を支配する人間には果たして、その資格があるのか?という問いを突きつける。
そして、自分が何者かを知ったティーナの変化。
自分の人生を生きることを知った彼女の喜び。
さらに、この世界で自分はたった1人ではないということがわかった。孤独だと思って生きてきた彼女にとって、それはどんなに嬉しかったことか。
しかし、彼女は物語の終盤に決断をする。
ティーナはヴォーレのおこないを許せず、トロルとして彼とともに生きる道を選ばなかったのだ。
それは、もとより人間ではない彼女にとって、再び孤独を選ぶ道である。
だが、いまの彼女は、自分が何者かを知らなかったときとは違う。知らずに疎外されるのではなく、自身の尊厳と良心に従って、自ら孤独を選んだのだ。その選択の強さ、気高さは強い印象を残す。
そしてラストも思いがけない。
孤独を選んだティーナに、ヴォーレはある贈り物をする。
それはトロルの赤ん坊だった。
子育てはたいへんだが、その子はきっとティーナの人生に彩りを与えるだろう。そう思わせるラストだった。
これほど多義的なテーマを扱いながら、映画作品として破綻がない。安易なヒューマニズムに流れず(いや、むしろ観る側はティーナに感情移入しにくいだろう)、しかしメッセージは豊かだ。その上、オリジナリティに溢れている。こんな映画、なかなかない。
傑作である。