「とても考え抜かれた、知的でスマートなメッセージ作品」魂のゆくえ Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
とても考え抜かれた、知的でスマートなメッセージ作品
2019年の米アカデミー賞脚本賞にノミネートされた、5作品のひとつ(受賞は「グリーンブック」)。書き下ろしたのは、本作の監督も務めたポール・シュレイダー(72歳)自身だ。
脚本家としては、カンヌのパルムドールを受賞した、マーティン・スコセッシ監督の名作「タクシードライバー」(1972)を書いた人である。他にも「レイジング・ブル」(1980)などがある。
本作ほど、考え抜かれた比喩的な階層構造、知的な言葉選びで、的確なメッセージ性を持った完成度の作品は、なかなかない。
公開中の「バイス」(2019)もそうだが、これだけリベラルな社会メッセージ性の高い作品を脚本賞にノミネートさせる度量は、日本アカデミー賞にはないだろう。
シュレイダー監督は、厳格なカルヴァン主義の家庭に生まれたクリスチャンで、"地球の環境問題"と"現代キリスト教会が抱える構造問題"を、悩める牧師(イーサン・ホーク)が日記で自問自答する形で進行する。本作についてシュレイダー監督は、"自分の人生の集大成的な作品である"と述べている。
原題の"First Reformed"は、舞台となる"第一改革派教会"の名前であり、直訳すると、"最初の改革"というタイトルになる。
主人公のトラー牧師は、ミサに参加していた女性メアリー(アマンダ・セイフライド)から、環境活動家である夫のマイケルの悩みを聞いてほしいと頼まれる。
メアリーは妊娠しているが、環境破壊が進む地球の未来を憂うマイケルは、メアリーのお腹の中にいる子が生まれてくることに反対している。子供の将来に健全な環境を残せないと。
マイケルは密かに自爆ベストを作っていて、それをたまたま見つけたメアリーとトラー牧師がそれを隠してしまった翌日に、ライフル銃で自殺してしまう。
マイケルの遺言によって、環境汚染地域に遺灰を撒き、鎮魂を頼まれたトラー牧師は、葬儀の礼拝を行う。ところが教会本部を支援する大手エネルギー企業"バルク社"の社長から、政治的な言動は慎むように諭される。
バルク社は、環境汚染の原因を作っている。一方で、トラー牧師の教会の250周年式典事業の最大スポンサーでもある。
本作はあきらかに"環境破壊による地球温暖化"に警鐘を鳴らすために作られている。
ひとつは活動家マイケルという人間を代弁者として、人類の罪(環境破壊)を、牧師に告解させている。
もうひとつは、ガンに蝕まれているトラー牧師は、"地球(大地・自然)"の象徴である。
冒頭、トラー牧師は1年を限りに日記を付け始めた。トラーの行為は、"死期を察しはじめた"のであり、徐々に病んでいく身体は、マイケルが主張する地球の自然破壊の残年数を象徴する。
マイケルの告解と自死をきっかけに、自身も教会のあり方に疑問を持ち始めるトラー牧師。マイケルの作った自爆ベストを身につけて、250周年式典に参加する"バルク社"の社長を標的にする計画が頭をよぎる。トラー牧師(地球の象徴)が、バルク社(人類の環境破壊活動)を罰するかのごとく。
ところが式典当日、参加しないように伝えていたメアリーが来場してしまう。トラー牧師は計画を断念し、自らの身体を有刺鉄線で巻き、痛め付ける=地球が苦しんでいる。
そして最後にメアリー(人類=愛すべき神の子)を大きな愛情で包み抱きしめる。
とてつもなく比喩が混んでいて、よく考えて反芻しないと、まったく分からない難解な作品だが、構造が見えてくるとその表現方法は、実にスマートだ。
映像的には珍しくスタンダードアスペクト(4対3)になっていて、余分な映像情報を排除し、固定カメラ主体で被写体を全体的に捉えている。
ところが、最新の映画館にはマスキング用の幕がない。ワイド(ビスタ)アスペクトのレターボックス(左右に黒枠あり)で上映されているので、[映像本体]+[レターボックスの黒]+[映画館スクリーンのシネスコ余白]とグレースケール的に見えてしまい、興ざめだ。
これを解決する上映方法はHDRしかないのだが、こんなマイナーな作品をドルビーシネマで上映できるはずもない(まだ日本には福岡にしかない)。こういうところにも、本作のテーマとは別の"理想と現実の矛盾"を感じざるを得ない。
最後にシュレイダー監督は、日本通としても知られ、本作にもトラー牧師が、ひとときの贅沢として、日本料理店で刺身を食べるシーンがある。
ちなみに余談だが、シュレイダー作品の「ミシマ : ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ」(1985)は、三島由紀夫を描き、カンヌの最優秀芸術貢献賞を受賞した。緒形拳が主演し、日本人俳優の日米合作映画出演として話題になったが、三島の同性愛描写への(右翼団体による)反対運動から公開中止になったという経緯がある。
(2019/4/13/ユナイテッドシネマ豊洲/スタンダード/字幕:亀谷奈美)