「魂が引き込まれる名作」魂のゆくえ 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
魂が引き込まれる名作
最初から最後までイーサン・ホーク演じる主人公トラー牧師がほぼ出ずっぱりで、観客は否応なしに主人公の内面の葛藤を共有し続けることになる。しんどい作品だが、不思議に目が離せない。
メアリの夫マイケルとの議論のシーンが本作品の白眉であろう。それぞれ自分の感情を抑制しながら相手を理解しようとし、真摯に話そうとする。ふたりの議論は平行線だが、もともと立ち位置が違う。人は相手の意見を尊重することはできるが、まったく違う意見の持ち主同士が同じ意見になることは滅多にない。その辺りは議論している本人たちが一番よく解っている。
このシーンが映画の中で最も大事なシーンだと思う理由は、この会話によって主人公の本音が垣間見えるからである。トラー牧師は人間には希望と絶望の両方があると言いながら、本当は絶望しかないと思っている。しかしマイケルには、たとえ未来に絶望しか見えないとしても、人間は日々の行動を選択しなければならないと説く。殆ど実存主義者の弁舌だ。宗教家とは思えない。神への信仰は揺らいでいないかもしれないが、教会への不信は募る。そういうトラーがプロテスタントの牧師であるところに、彼の深い苦悩がある。そして観客は彼の苦悩を共有する。実によくできた会話である。
大袈裟なCGも大音量のBGMもなく静かに物語は進んでいくが、人間にはどんな状況でも世界との関わりがあり、日常生活が待っている。理念と現実とのギャップは常にあり、例外なく人を苦しめる。死ぬ以外に断ち切る術はない。
イーサン・ホークは名演であった。映画「しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス」の演技も傑出していたが、本作品での演技は苦悩に満ちた牧師の魂が、苦悩の重さのままに迫ってくるような重厚感がある。観ていて息苦しくなるほどだ。そういう意味では本作品の邦題「魂のゆくえ」はぴったりである。
アマンダ・セイフライドはいつもながら達者である。本作品はストーリーからディテールまで。とてもリアルな作品だから、大仰な演技は一切ないが、憂いを秘めた大きな目が様々な感情を物語る。最後の最後に「トラー牧師」ではなく「エルンスト」と呼ぶシーンには息を呑んだ。
ネタバレになりそうなシーンが多くて、レビューの書きづらい作品だが、ラスト近くのシーンでは、映画「ダ・ビンチ・コード」のシラスを思い出した。あれはカトリックの修道士であったはずだ。プロテスタントであるトラー牧師の信仰が揺らいでいることの証かもしれない。
総じて難解だが、魂が引き込まれる名作だと思う。