「雲丹」宮本から君へ U-3153さんの映画レビュー(感想・評価)
雲丹
ウニに恋愛感情があれば、こおいう事なのだろうと思う。いや、最早僕らにも刺が生えてるとの自覚が必要か。
前から2列目での鑑賞。
見終わって思うのは、この距離で良かったのだろうと思える。
TVシリーズは未見。凄いとの評判だけを聞いていた。疲れるだろうなぁとの予想は、全くもって俺を裏切らなかった。
冒頭、階段を登る後ろ姿。正面に回った時には歯が折れてた。アレは誰と殴り合ってきたのだろうか?TVからの延長なのかもしれない。
とかく、傷みを伴う物語だった。
肉体的にもなのだけど、精神的にも。
出来るなら彼や彼女のような状況にはなりたくない。そうならないように注意をはらって生きている。
だが、理不尽な事は起こる。
その時に目を背けていないだろうか?
諍いを避ける為の努力しかしてないんじゃなかろうか?上手に卑怯に誤魔化してはいないだろうか?
「事と場合によるよ」
それが大人の対処法だと思う。
だけど慣らされてはいないか?
その時が来た時、怖気付きはしないか?
拳を握り、叫び、向かっていけるか?
…鈍っているのかもしれない。
彼や彼女のように傷みへの耐性が落ちているのかもしれない。
そんな事を鑑賞後に思った。
全ての事を捨て去る事など出来ない。
だけど彼は、彼女と自己以外の全てを捨てる覚悟をした。何よりもその2つを優先した。やり過ぎだ、と思えるんだが、本来覚悟なんて言葉はそおいう時にしか使っちゃいけない言葉だ。彼も彼女も体現してた。
形振り構ってる場合じゃない。そんな事を気にかけてる余白はない。
「親」になる上でやらなきゃいけない事。
彼は刺さった刀を死に物狂いで抜いたわけだ。刺さったままにはしておけない。どおにかして抜かないと、その刀は死ぬまで自分を抉り続ける。当然、自分も血塗れの傷だらけだ。
自分がどおにかして姿勢を正さないと、子供に顔向けできないとの想いからか。
彼が欲しかったのはその支えなのだと思う。彼女に対し「大丈夫だ」と言うだけの自信。
不確かな未来に向けての責任。俺に任せろと言い放つ為の根拠が欲しかったのだろう。
野蛮な選択である事は間違いないのだが、彼の状況で社会に訴えれば握り潰される可能性の方が高い。所謂、泣き寝入りだ。
自分達以外の事情が絡む。それだと元も子もないのだ。だからこその選択だったのだと思う。身の丈に合わない選択だ。
雄としての本能にすがるしかなかったのだろうが、生半可な決意ではなかったのだと想像する…。
アクションも理にかなってた。
落とさなかった男に対し、彼は自ら柵を乗り越えた。計算なんかはありはしない。命がけの何たるかを表現してた。
キン○マ握り潰すとか…流石に、どんなに憎い相手だろうが、殺したいと思ってる相手だろうが、俺は出来ないと思う。
殺す覚悟を決めたなら、鉄のバールで相手の頭目掛けてフルスイングするイメージは出来るのだが、キンタ○を握り潰すのは無理だ。
…女子には分からないと思うが、それ程に高いハードルなのだ、アレは。
それにつけても池松氏も蒼井さんも素晴らしかった…。
演技してるのを忘れるくらいの熱演だった。
新井さんの原作は常に人間の暗部を描く。その暗い深淵を極端なまでに描き出す。理性というブレーキを事も無げに外す人物やシーンが多々ある。正直目を背けたくなる。
なぜか?
それはそれを理解してしまえるから。
理解でき認めてしまえる自分は、嫌悪する登場人物達と何ら変わらないと自覚してしまうからだ。今回の作品もエゲツない。
そこで表題の「雲丹」になるわけだ。
元々、僕らにはトゲがある。
相手ズダズダに突き刺して傷つけてしまう程のトゲがある。
それでも寄り添いたい。
それでも1人では生きていけない。
だからこそ、傷つけ合う事が前提で寄り添うのだ。無傷でいられるわけがない。
だったら、それでもその傷が少しでも少ないように努力をしよう。
距離感であったり、優しさだったり、思いやりだったり。
それが通常の対処法だ。
この作品の彼や彼女は、その傷つけ合う行為を許し合えてるようにも見える。
多少傷つくのはしょうがない。
かすり傷だよ、って。
お互いが受けた傷をお互いが理解し背負うかのように。
ボロボロになった宮本の体は、エンディングでは治ってた。
そうなのだ。傷は治るのだ。
ちゃんと処置をすれば。
処置をせず、放ったらかしにしておくと綺麗には治らない。膿んだりしてもっと酷いことになる場合もある。
人の心も一緒なんだと思えた。
傷と痛みを乗り越えた彼らは、とても充実してるように見えて羨ましかった。
その過程は御免被りたくはあるのだけど、その過程を享受したからこそなのだとも思う。
傷つく事を恐れてるままではダメなのだろう。人に優しい男でありたいと思うのだけど、弱さを優しさで誤魔化してはいけないと、この作品を観て思った。
やはり、しんどい作品だった。
主演の御二方は相当しんどかったろうとも思うんだけど、やり甲斐があるというか、役者冥利に尽きるというか…絶品でした。