「企業倫理と己の信念を貫く男の対決が熱い、古き良きアメリカ映画を呼び起こす秀作」フォードvsフェラーリ Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
企業倫理と己の信念を貫く男の対決が熱い、古き良きアメリカ映画を呼び起こす秀作
1966年のル・マン24時間レースで初の栄冠に輝くフォード社のレーシングドライバー、ケン・マイルズの孤高の活躍を描いたモータースポーツの歴史ドキュメント映画。巨大企業フォード・モーターがイメージ戦略の要としてル・マンを利用する宣伝目的の企業倫理と、車のメカニズムに精通し他の追随を許さないドライビングテクニックを持つひとりの堅物男マイルズの純粋な勝負師の信念が衝突する。その間に入り、最高の結果を導き出そうと苦心する元レーサーのカーデザイナー、キャロル・シェルビーの回想が物語を進める、丁寧でオーソドックスな映画の語り。見所は、臨場感あるレースシーンの運転操作と疾走する車のカットバックの正確性で、連続する緊張感が張り詰めている。的確なカメラワークと隙の無い編集が見事。これを緩急の急として、緩に当たるマイルズの家族の描写がまたいい。時代背景の1960年代が反映された古き良きアメリカ家庭(実際はイギリス人だが)という風情が出ている。特に、シェルビーが再度仕事を依頼に行った時にマイルズと取っ組み合いの喧嘩になるのを、庭先にいた妻モリーが椅子に腰かけて高みの見物をする場面が秀逸だ。買い物袋から散逸した缶詰を避けて殴りつけるカット含め、このワンシーンで3人の人柄と関係性が判る微笑ましい場面になっている。
しかし、最も優れているのは、マイルズの破天荒でも信念と繊細な神経を持つ男の生き様を演じたクリスチャン・ベールの演技だ。これは、彼が演じたからマイルズという男の思いや言葉に出来ない感情を理解できた、というべきかも知れない。クライマックスの自分の限界を超えた心境に至る表情は白眉。
製作発表から8年掛かりの労作にして、本来のアメリカ映画の良さがある秀作でした。