「どこをみて生きていくか」フォードvsフェラーリ masakingさんの映画レビュー(感想・評価)
どこをみて生きていくか
夜のサーキットで、マイルズが息子と語らう場面が好きだ。
「ずっと遠くを見て走るんだ。視野は広く持て。そうすれば、全てに焦点が合う。」
たしかそんな呟きだったと思うが、このセリフが、
ふとル・マンのレース後の場面に蘇った。
副社長の奸計にはまり、ぶっちぎりで優勝だったはずが2位で終わる。
それを知った直後に、マイルズはそんなことが全く無かったかのように、
シェルビーと既に次のマシンについて語り合う。
マイルズにとって、大切なことは順位でも名誉でもない。
彼はひたすら究極の走りを実現するマシンを突き詰めることに関心がある。
だから、シェルビーにとっては到底受け容れることができない副社長の提案を聞いても、
当のマイルズは「I’m H A P P Y」と歌いながら、後続のチームメートを待つことができる。
会社のブランドを守るために個人(個性)を犠牲にして働く者と、
走ることが生きることそのものである者との交わることのない境界線を、
この場面が雄弁に物語っているような気がした。
自分がすべきことをよく分かっているのはどちらなのかは、
映画の中で徹頭徹尾貫かれているマイルズの立ち居振る舞いから、
観た方なら誰でも分かるだろうと思う。
粗野で大胆な側面が全面に溢れ出る中に、時折繊細さを織り混ぜるマイルズを、
バットマンとは全く違った振れ幅で演じるクリスチャン・ベールが素晴らしい。
ずっと先を走っているであろう自分に追いつきたくて行き急いだマイルズの人生に、きっと悔いは無かっただろうと信じたい。
その狭間で揺れるシェルビーの気持ちも分からないではない。
ただ、今回のマット・デイモンは、とても損な役割だったなと思う。
観終わってから数日経って、ふとした場面に思い出される映画との出会いであった。