「臨場感あふれるレースシーンにドラマ性が結実する興奮と感動」フォードvsフェラーリ 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
臨場感あふれるレースシーンにドラマ性が結実する興奮と感動
車やレースに興味がない私にはとっつきにくそうな題材だとは分かっていた。実際、車やレースにまつわる専門用語(もしかしたらそれほど専門的でもないのかもしれないけれど)が私にはピンとこないようなところがあり、やはり多少は基礎知識くらいは備えておかないと、特に中盤あたりの展開の面白味っていうのは半減してしまったのかな?と思う。どうしてもケンとシェルビーの友情だったり、支える妻の葛藤だったり、そしてクライマックスのレース展開といった、素人にも分かりやすい内容の時に身を乗り出すような感じだった。とは言えそうやってレースに詳しくない人でも入り込める要素をきちんと振りまいてくれるあたりは親切な映画ではあったなとも思いつつ(そういうところ、ジェームズ・マンゴールド監督っぽいという気がしないでもない)。
こんな私でも、最後のル・マンのレースシーンは肩に力が入ったし、吸い込まれるように目が離せなくなった。興奮と駆け引きとドラマが融合したレース展開はハラハラが抑えられなかったし、視覚的にも臨場感があって本当に魅力的。それまで所々ストーリーに置いて行かれてしまったような気がしていた私だけれど、この時点で完全に映画に乗せられていた。そこに描かれたのは、単にレース展開や勝ち負けだけではなく、ハンドルを握る者の野心、見守る者の熱情、支える者の気勢、応援する者の緊張、その裏でトップたちの因縁・・・などと言ったものが、それぞれ呼吸や汗や血の臭いすら感じるくらい生々しく重なったもので、それまで積み重ねてきた数々のドラマがこのレースシーンで一気に火を噴き迸るかのよう。その上で、最後にケン・マイルズが下した選択にすべてが結実するような快感を得た。
だからこそ、この映画の本当のクライマックスはゴールラインを抜けた後だと私は思う。運命の悪戯か優勝はケン・マイルズの手をすり抜けて別のレーサーに渡ってしまう。そしてその後のテスト走行での事故。彼の息子ピーターとシェルビーの再会。それを見つめる妻・・・。まるで、読んでいた小説のページ数がもう残り僅かになってきているのに気づきふっと文字を追うスピードを落としながら一頁一頁を大切に丁寧に読み進めていくような、そんなほろ苦くも穏やかなエピローグ。あぁこれこそが情緒的な意味における「クライマックス」だと。レースシーンで燃え上がった情感を、決して燃え尽きさせることなく、静かに燃やし続けるような優しいエンディングは素敵な余韻となった残った。
惜しむらくは、いい意味で「役者バカ」であり天才かつ鬼才のクリスチャン・ベールが今回もさすがの演技を見せてくれたのを喜ぶ一方、なんだか今回は役柄の設定や個性のためか「ザ・ファイター」での演技を焼き直したかのような既視感に囚われてしまったことだった。