「ほかの日本映画にも通じる根本問題点2点」AI崩壊 komagire23さんの映画レビュー(感想・評価)
ほかの日本映画にも通じる根本問題点2点
(完全ネタバレなので必ず映画を見てから読んで下さい)
この映画には根本的な問題が2点あると思われました。
それは
1.主人公の個々の具体的なピンチの描写が甘く、その乗り越え描写が観客をうならせるには甘く、さらに相手からの反撃も薄く、ほぼハラハラしない。
2.世界観の善悪が分かれ過ぎていて、善の主人公が悪の敵を倒す、というなんとも薄っぺらい人間と社会の描写になっている。
です。
1.の主人公の個々の具体的なピンチの描写の甘さは、映画に限らずスポーツでも、今は何がピンチ(危機)かの具体的な描写・指摘の後に、そこをどう観客がうなるレベルで乗り越えたか、さらに相手からの反撃、さらにそれを超える乗り越え‥といった
・具体的ピンチの描写・指摘→乗り越え→相手の反撃→さらなる乗り越え‥
の相乗効果の緊張感の高まりこそ、観客のハラハラ度を高めていくと思われます。
しかしこの映画では、例えば初めに主人公の桐生浩介(大沢たかおさん)が監視カメラやデバイスのカメラに囲まれているから逃げられない(ピンチ)の描写があった後に、それを桐生がAI研究者らしく観客に説得力あるどう乗り越えたかの描写がほぼありません。
ひたすら走って逃げるという”いやいや、この状況では逃げられんだろう(苦笑)”の観客の気持ちを超えられていません。
その後、監視カメラから逃れるために走行車の陰に隠れてトラックの荷台に走り込むといったなんともアナログな乗り越え描写があった後、なかなか無理あるフェリーから海への飛び込み、かつて息子がAIに救われたという漁業民に救われた(この描写も2.の善悪分かれ過ぎで、息子が救われたならこの漁業民の態度がやはり善悪感覚が極端で変)との描写が続きます。
さらに、AIが捕捉出来ない古い軽自動車や、ホログラム運転手や、警察AIの乗っ取り、西村悟(賀来賢人さん)からの研究所への経路受け取りと続きますが、ここに至ってはすべて事後的な種明かしで、時間軸と共に主人公がピンチを乗り越えていくという描写になっていません。
つまり後半は急に観客が主人公から引き離され、リアルタイムのハラハラ度はここでさらに薄まります。
その上で、警察が警察AIを乗っ取られたことに対する警察庁 警備局理事官・桜庭誠(岩田剛典さん)側からのAI的な反撃の描写がありません。なんとそのまま桜庭たちはAIを捨て研究所に向かうというアナログ的な反撃方法‥
ようやくラストあたりで主人公の桐生が警視庁理事官・桜庭らに囲まれたところで、桜庭の告白を雑誌記者経由で全国中継するという、AI的な主人公のピンチ乗り越えが描写されますが、時すでに遅し、といった個人的な感想を持ちました。
2.の世界観の善悪が分かれ過ぎは、例えば人間を選別するという桜庭の思想は一般観客には全く共感されない”悪”として描かれ、それを否定したいという監督・製作者の意図を感じます。
つまり初めからAI支配は”悪”との主張をしたいから、”善”の主張の材料としての極端な”悪”である桜庭を登場させてこの映画が作られた、と終始感じられても仕方ありません。
しかし世界も社会も人間も自分自身も、そんなに明確に善悪分けられますか?
人間も、AIも、社会も、個々でもちろん様々な見方が出来、複雑矛盾に満ちて、単純に善悪分けられる存在などどこにもありません。
最近鑑賞した(個人的には傑作だと思える)『パラサイト 半地下の家族』は、見れば分かりますが実は人間も社会も(一見そう見えるだけで決して)善悪を分けては描いていません。その人間の深さを知っているポン・ジュノ監督に個人的にも敬意しか感じませんでした。
方や、最近のひたすら田舎を悪く描いた『楽園』や、レイプ犯や病室で暴れる人間を”悪”に描き主人公らを”善”に描いた『閉鎖病棟 それぞれの朝』や、(藤井監督のなんとか逆側への肯定描写の抵抗はありましたが)安倍政権批判プロパガンダ映画ととらえられても仕方ない『新聞記者』や、”悪”だった総理がひたすら”善”に戻る『記憶にございません!』(もちろんこれ風の現実には届かないが軽いコメディは1本ぐらいあっても良いのですが‥)など、最近の日本映画は善悪が明確に分かれている、なんとも社会・人間への理解が浅い映画公開が続いていると私は考えています。
もちろん、例えば是枝監督や白石和彌監督をはじめとした、様々な、社会・人間は善悪に分けられないと理解した上で矛盾に満ちた深みを描こうとしている監督・製作者も日本には少なくなく存在しています。
しかし、日本映画界が選ぶ日本アカデミー賞の(昨年作である)今年のノミネートを見ると、善悪分かれ過ぎている映画が沢山選ばれてしまっています。
つまり日本の映画製作者の人々のほとんどが社会・人間の矛盾深みを見る目がなくなって来ているという惨劇です。
これは日本映画(邦画)の大危機なのではないでしょうか‥
そんなことを感じながらこの『AI崩壊』を見ていました‥
なので残念ながら個人的にはこの映画の評価はできません。
俳優女優の皆さんの演技は相変わらず良く、美術は良かったと思われますので、その分だけ星を足しておきます。
もっと面白く深く描けた題材であるのに、浅い社会・人間観のテーマ主張映像になってしまったのは、何とも残念に思われました。