「『君の名は。』の東京ではない。」天気の子 バッハ。さんの映画レビュー(感想・評価)
『君の名は。』の東京ではない。
家出して東京に出てきた少年の前に立ちはだかる「東京」という壁。屹立する大都会を映像に落とし込んだ密度に圧倒される。つまり、情報量がやたらと多い美術の厚みは、そのまま少年には太刀打ちできない現実の重みとなるのだ。
しかし、少年に若き日の自分を見たやさぐれた大人や、大人に頼ることなく生きたいという想いを共有する少女との交流によって、少年はかろうじて「東京」に対抗する術を手にする。
映画はやがて、東京を(拡大すれば世界そのものを)守るべきか否かという選択の物語になっていくのだが、少年が選んだ道を100%支持したい。現実という枷をぶち破ることこそが、フィクションが与えられた自由と希望だと思うから。
にしても、明るくライトな『君の名は。』の東京とは真逆の印象であることが興味深く、これまで不勉強でよく知らなかった新海誠という人の視点に今更ながら興味を持ちました。
ちょっと話脱線しますがこの話、今の世論を気にしすぎてる日本への警鐘?じゃないかと思います。
帆高の様に警察官に「鑑定医呼びましょうか」と言われてもあの決断をしたという事には周りを気にしすぎずに自分の道を突き進め!みたいなメッセージがあるんじゃないかと思いました。
ちょっと脱線してすみません。
nyantaさん
前作のキャラを出すのは「君の名は。」からも描写されており、君の名は。では、前前作の「言の葉の庭」のキャラを出しています。別に今作からではありません。
ちなみに、君の前前前作からは僕は 君を探しているので、あざとさは感じられませんでした。
本当に美しいもの、尊い物を描き切りたい時には、人の世の闇を合わせて描く必要があるのでは。
少年が、犯罪を好んで犯すのではなく、ひとつ歯車が狂うと、大切な物を守るために、犯罪に向かって疾走せざるを得ない、そんなこの世の不条理と息苦しさとが描かれているように思う。
でもこれって、実は誰にでも起こり得ることでは。
映画とは、こうしたどうしようもない、人生の不条理とその闇を覗き込める、贅沢な時間。
現代の多くの少年、少女たちは、この映画程度の犯罪描写には、ビクともしない感性を、既にもっているように思う。
必要な犯罪描写とそうでない犯罪描写とを直感的に、嗅ぎ分けられるのでは。少なくとも、そう期待したい。
1年後、3年後、5年後。
我々が、自分の人生と感性とを、更に豊かに耕していった時に、本作は再び見返されるべき銘作であると感じている。
飴市さんが言ってることは正直理解できません。物語が始まるに辺り色んな人が出会って話が膨らんでいくのを否定したら…
家族や友達や知ってる人同士でしか展開するなって言う方が無理があるのでは。
本編についてですが他の方も書かているが犯罪的なのは極力抑えて欲しいとは思いました。君の名はでも変電所を爆破するというのがありましたが精々ショートさせるとかブレーカー落とすくらいにして欲しいなぁって思ってました。
君の名はのキャラを出してくるのを批判的な人もいるようだけど君の名はにユキちゃんが出てきた様に今回もやってくれるとは思ってた。確かにてんこ盛りすぎたかも知れないけど…期待されてる今作にその要素は出さざるを得なかったと思います。
ラストは君の名は程の余韻はなかったかなぁ。テンポの良さと伏線の回収の気持ちよさは君の名はを超えることは出来なかった。変な期待から開放された次回作に期待。
あの少年は地元の何に不満を感じていて
家出してでも東京に出なきゃいけない必然はどこにあったんでしょうか?
他の乗客が船内に避難する中
雨の警報が出るとなぜか喜々としてデッキに飛び出す少年
空に溜まった水が一気に降り注ぐ表現があり少年は危機に陥りますが
雇い主もなぜか都合よくそのフェリーに乗っていてなぜかデッキにおりその危機を救う
はじまって数分で???でいっぱいになりましたが
ここに書いた疑問は最後まで一切解決されませんでした
これは一例でとにかく最初から最後まで謎と辻褄の合わないことだらけ
ストレスだけ溜まる映画です…これ、映画なのかな?
新海誠監督はデビュー時から2人の愛と世界の破滅の関係するセカイをテーマにしている監督。例えば「君の名は」は、本当に死ぬほどストーリーを考えに考え抜いて、多くの人に予定調和の共感と感動を呼んだ名作。でも、「天気の子」の方が新海誠のメッセージがシンプルで鮮烈に伝わってきて断然好きです。