「持たざる者は赤くなる」アス 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
持たざる者は赤くなる
『ゲットアウト』が大ヒットを飛ばした
コメディアン出身の監督兼脚本家
ジョーダン・ピールの新作スリラー。
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『ゲットアウト』は黒人差別がテーマと思わせて
実は……というスマートなスリラーだったが
(レビュー書いてないが個人判定3.5くらい)、
今回は前作よりスケールも不条理性もアップ。
ガリガリと壊れたように喋る“裏”主人公
(1人2役のルピタ・ニョンゴが見事)
と、色々と壊れた“裏”家族たちが不気味。
手を繋いだ顔の見えない4人の姿や、いたぶる
ように淡々と主人公一家を責め立てる様が怖い。
エリザベス・モスの、作り物のような笑顔
のまま自分の顔を切り裂く様も気味悪かった。
ジャンプスケア(突然の出現や音でビビらす演出)
に安直に頼らず、場違いな表情や姿勢で異様さを
与えることで観客を恐怖させようとする演出も好み。
密室型のミニマムなスリラーかと思いきや、
舞台を次々変えながら展開していき、後半からは
終末SFスリラーみたいなスケールの話にシフト。
そのため全体的にちょっと散漫な印象は受けたが、
終盤の無機質で広大な地下空間やたくさんのウサギ、
バレエなど、奇妙に組み合わせた舞台やアイテムに
よって最後まで不条理な怖さが持続する。
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『ゲットアウト』がテーマ性の高いスリラーだった
こともあり、今回のタイトル『Us』も初めから
額面通りの“Us(我々自身)”では無さそうだと
踏んで鑑賞していたが、果たして多分に含みを
持たせた内容だったと思う。
幸せな主人公一家VS不遇な侵略者一家。
本質的に全く同じ人間だとしても、育つ環境が
違えば人間としての性質は変わってくるはずで、
特に最初から入れ替えられていた主人公2人は
『劣悪な環境に置かれ続ければ出自がどうあれ
心が壊れてしまう/元から心が壊れていても
恵まれた環境で育てば人間性を取り戻せる』
ということを分かり易く示したものだろう。
“持たざる者”が“持つ者”に敵愾心を抱くのは世の常で、
おまけに“持つ者”が自分と姿形の似た人間ならば、
「私はこんなに不幸なのにどうしてお前だけ」
と真っ赤な憎悪を抱くのはなお不思議ではない。
一方、劣悪な地下世界とそこにいる自分自身の存在
を知りつつもその事実を忘れることで逃げ続けた
“表”の主人公は、自分の幸せを守るため、他者の
不幸を見て見ぬふりし続けていたということになる。
貧困層が抱く憎悪。
富裕層・中流層の無関心あるいは逃避。
『US』とは『これがUS(United States)
の現状だ』という主張なのかと思ったが、
日本に住む自分にも無縁な話でないのが悲しい。
自分の今の生活を守るのに手一杯で、他人の不幸
から目を背けたいと考えてしまう後ろめたさ。
また、映画の中で象徴的に描かれていた、
米西海岸から東海岸までをつなぐ赤い侵略者だが、
冒頭のアトラクションにでかでかと描かれた先住民
との連想から、『他者から奪うことで繋がってきた
国家』としてのUS(United States)という
イメージが浮かぶのは短絡的過ぎるかしら。
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不条理なスリラーとして楽しませつつ、
「“地下層”の人々は我々と本質的に同じ人間だ、
人間同士助け合うのが真のUSじゃないのか?」
というメッセージも感じ取れる作品でした。
ただ、メッセージ性先行で考えながら
観ちゃったせいか、どうもスマートに
作り込まれ過ぎた映画と感じてしまい、
今一歩物語に入り込みきれなかった自分も
いる……(レビューにあんまり熱がこもって
ないと感じられたなら多分その辺が理由です)。
観て損ナシの作品だとは思います。3.5判定で。
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長い余談:
以下はレビュー後に見つけた、パンフレット
内の情報やその他関連しそうな情報の抜粋。
・映画冒頭で流れる『ハンズ・アクロス・アメリカ』
は、ホームレス等の社会的弱者を救済する目的で
実際に行われた慈善イベントだそうな。
15ドルを団体に支払って自分が立つ場所を指定
してもらい、集まった人々どうしで手を繋いで
米西海岸から東海岸までを繋ぐというもの。
結果的にラインは繋がらなかったそうだが、
『参加者が平均1.2m離れてルートに沿って広がって
いれば、48州で切れ目なくラインが完成したはず』
ともされているので結構な参加者はいたらしい。
集金額3400万ドル、運用コストを差っ引いて
実際に支給された額は1500万ドル。
映画の赤いラインは与える者ではなく奪う者が
形成したラインという皮肉になってた訳かしら。
・監督いわく、ウサギは『不思議の国のアリス』
からの地下のイメージとイースターエッグ
(救世主の復活=“裏”主人公)のイメージ
から来ているとのこと。
・監督いわく、ハサミは日常品/凶器の対比。
2つの部品で成り立つものという連想から。
・旧約聖書エレミヤ書11章11節は、
自分の信仰に背き続けたユダ王国の民に対して
「国を滅ぼすぞ」と激おこ状態の神様の言葉。
”それゆえ主はこう言われる
見よ、わたしは彼らに災いを下す
彼らはこれを逃れることはできない
わたしに助けを求めて叫んでも、
わたしはそれを聞き入れない”
エレミヤが広めようとしたその神の預言を
ユダ王国の人々は楽観視し続け、エレミヤを
非難したが、王国はその後、北方の国バビロニア
に征服され、多くの民がバビロニアに捕囚された
(バビロン捕囚)。
本作との関連は僕にはイマイチ読めないが、
『神の教えに従って善良に生きねばいずれ
国が滅ぶぞ』ということを言いたかったとかかね。
このコロナ禍にAmazonPrimeにて鑑賞しましたが、個人的には最高でした!そして、浮遊きびなごさんのレビューでしっかり腹落ちしました。自分は、映画を浅~く観るタイプなので、先人方のレビューで情報を補完。そして、未見の方に自慢げに話すという(汗)きびなごさんのレビューも、自分の周辺の知人に自慢するかもしれませんが、ご了承くださいm(__)m