リヴァプール、最後の恋 : 映画評論・批評
2019年3月26日更新
2019年3月30日より新宿武蔵野館ほかにてロードショー
栄光と汚濁にまみれた神話的な女優の生の軌跡があざやかに浮かび上がってくる
グロリア・グレアムはハリウッド映画史上、もっとも妖艶なファム・ファタール(宿命の女)として知られた伝説の女優の一人である。なかでもフリッツ・ラング監督の傑作「復讐は俺に任せろ」(53)で、ギャングのリー・マーヴィンに沸騰した珈琲を顔面に浴びせられる情婦役はあまりに強烈で忘れられない。私生活でも再婚相手の映画監督ニコラス・レイと別れた後、四度目の結婚相手がN・レイの前妻の息子アンソニー・レイだったために、ハリウッドでもスキャンダラスな物議をかもすこととなった。
「リヴァプール、最後の恋」は、そんな波瀾に富んだ生涯を送ったグロリア・グレアム(アネット・ベニング)が、晩年、乳癌に冒されながらも、若手の舞台俳優ピーター(ジェイミー・ベル)との恋に身を焦がした日々を描いた実話の映画化である。
アネット・ベニングは出世作であるスティーヴン・フリアーズ監督の「グリフターズ 詐欺師たち」(90)で、往年のグロリア・グレアムを想わせる、男を破滅させる悪女を演じていたが、その当時から彼女の物語を演じることを夢想していたという。
映画は冒頭から、深い小皺が刻まれたアネット・ベニングの貌がクローズアップされるので、一瞬、どきりとする。彼女は肌のたるみやシミを隠すこともなく、ある時は熱に浮かされたように昂揚し、ある時は失意に打ちひしがれながらも、息子のように歳の離れた青年との恋に生きたヒロインをニュアンス豊かに演じている。アネット・ベニングは、グロリア・グレアムに自らを重ね合わせ、〈老い〉という避けようのない過酷な現実を、ありのままに受け入れているかのようだ。
時おり、ハンフリー・ボガートと共演した「孤独な場所で」(50)などのグロリア・グレアムの絶頂期の美しさを誇示する名作のフッテージ、さらには「悪人と美女」(52)でオスカーを受賞した際のユーモラスなスピーチが引用されるが、ドラマ部分とのあからさまな落差を通じて、この栄光と汚濁にまみれた神話的な女優の生の軌跡がかえってあざやかに浮かび上がってくるのである。
(高崎俊夫)