「生きたセリフを生み出す藤井道人の面目躍如」新聞記者 Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
生きたセリフを生み出す藤井道人の面目躍如
上映終了とともに自然と拍手が起きる。個人的にも、2019年上半期に観た映画のなかでも、イチオシ級の作品である。おそらくキネ旬ベスト10の上位に入るだろう。
観た者を呑み込むリアリティ。本当にあり得そうな日本の省庁の内部問題をフィクションとして仕上げた、圧倒的な構成力。これは藤井道人監督・脚本の為せる技だ。また、役者として幅を広げる松坂桃李の演技も記憶に残ることだろう。
すでに公開後、本作の評価はウナギ登り。本格社会派作品として大絶賛されている。ただ、藤井道人監督作品ファンからすれば、この程度で驚かれるのは心外だ。
前作の、藤井監督×山田孝之プロデューサーのタッグ作品「デイアンドナイト」(2019)の設定しかり。また都会の社会背景に跳ね返される上京青年たちの群像劇「青の帰り道」(2018)も、しかり。現実と関わりを丁寧に描く藤井作品のリアリティは、他の商業作品と比べて、頭ひとつ抜けている。
そんな藤井作品のリアリティとは何か。
映画には実話をベースとした、"ホンモノらしさ"であったり、あるいは3DCGIなどのVFXを使った"映像的なリアリティ"もある。しかし一見、突飛でも何でもない普通のフィクションである藤井作品は、その舞台設定や背景の詳細さと、個々の人物の描きこみから生まれる自然さが、リアリティの特徴だ。
普通は、登場人物が自らの置かれた状況を説明しすぎるセリフがある。それは"必要悪"として仕方ない側面もあるが、多くは不自然である。
対して、自ら脚本を手掛ける藤井監督は、たとえ原作小説があっても、それを"原案"レベルに薄めてしまうほど、脚本をアレンジし、個々の人物設定を追い込み、生きたセリフを生み出す。
エピソード設定はもちろん、登場人物の行動、会話、相手の態度、何もかもが腑に落ちるのだ。明らかに藤井作品のリアリティは別物である。
東都新聞社の社会部記者・吉岡エリカ(シム・ウンギョン)のもとに、ある日、"医療系大学新設計画"の機密文書が匿名FAXで届く。その計画が内閣府の特区プロジェクトであり、首相自身やその友人企業が絡んでいることは明らか。
我々はすぐに、実際の国会での似たような事件を連想するだろう。
一方、内閣府の内閣情報調査室の官僚・杉原(松坂桃李)は、現政権に不都合なニュースを、メディアやSNSを駆使して、打ち消す任務に忙殺されている。
ここで内閣府がウソの情報を作り出しているという設定が、妙にもっともらしい。アホが炎上させるSNS上の書き込みは、内閣府によるもの・・・という創作がひじょうに面白い。
そんなある日、杉原が尊敬するかつての上司・神崎が投身自殺をしてしまう。その神崎が最後に取り組んでいた任務は、件の"医療系大学新設計画"だった・・・。
新聞記者の吉岡と、官僚の杉原はそれぞれに真実に近づく。そして接点を持つ2人は、やがて人生の選択を迫られる。2人の壮絶な葛藤が描かれる。
さて、本作は松坂桃李とともに、W主演するヒロイン、韓国の女優シム・ウンギョンの出演も大きい。
いい監督には、いい俳優が集まる。シム・ウンギョンといえば、のちに日本版がリメイクされる、「サニー 永遠の仲間たち」(2011/日本リメイク2018)や、「怪しい彼女」(2014/日本リメイク2016)だ。これらは、やはり韓国オリジナル版におけるウンギョンの存在感と魅力があってこそ。
演技力に太鼓判が押される、ウンギョンが本作で演じるのは、日本人記者・吉岡エリカ役。唯一の弱点となりうる日本語のイントネーションの不自然さを、"日本人の父と韓国人の母のもとアメリカで育った帰国子女"という設定で見事に回避している。
そして本作は静かに終わる。エンディングは、主人公2人の決断と未来を観客に考えさせるようにしている。
最後にもっとも印象に残るのは、田中哲司演じる官僚・多田が発する、"この国の民主主義は形だけ整えればいいんだ"という捨てゼリフだ。
(2019/7/4/角川シネマ有楽町/シネスコ)