Fukushima 50のレビュー・感想・評価
全499件中、301~320件目を表示
トモダチ
東日本大震災という日本でも屈指の大災害を映画にするというのはとてもプレッシャーを感じるものだと思います。製作陣の皆様お疲れ様でした。
現場の緊迫感はひしひしと伝わってきました。もう少し説明が欲しかったなぁと…
首相がさすがにバカすぎましたね。放射能出てる現場にズカズカ乗り込んでは、命令するな!これは命令だ!とかもう観てて痛々しかったです。日本映画は誰かを無能に描かないと成り立たないのか…
アメリカ軍が終盤の方ではありますが、とてもカッコよかったです。助けに行く、作戦名はトモダチ。少しの出番でも印象に深く残りました。
本当に真実?
一部の映画評論家から酷評を受けている?
本日、鑑賞してまいりました。
一部の映画評論家から酷評を受けている?
とのレビューを観て、ちょっとだけ調べてみましたが、なるほど。
真実の姿からは乖離があったり、演出掛かったところが受け入れられない、といったところでしょうか。
フィクションともノンフィクションとも言ってない「真実に基づく物語」と冒頭に出ましたからね。
紛らわしいですが、額面通り「真実に基づく物語」として、自身の過去の情報と照らして、大変心を揺さぶられながら観ることができました が、評論家さん何か? です。
原発について、推進してるとは特に感じませんでした。
以前(3,4年前?)、小泉元総理の反原発登壇(2時間)を偶然聞いたのですが、このころから反原発に心が寄っていて、何を見ても原発に賛同できないのかもしれません。特に小泉信者でもありませんでしたが、為になる話を聞いた、と当時とても得をした気分になりました。
できればコントロールできないものはコントロールできないままに使ってほしくない、のです。
戦後の日本の復興の折に、とある欧米のエネルギー専門家は「日本はその勾配を生かした水力こそがとびぬけた資産だ、これを利用する形で発展してゆくと良い」とアドバイスしていたようです。何故、水力発電はあまり自然エネルギーの議題に上がらないのでしょう?何か水力にも問題があるのなら、勉強不足ですみません。
半端なく横道にそれましたが、映画自体はストーリーも臨場感もキャストも素晴らしく感じました。特に、手を挙げるシーン、仕方なく引き返すシーン、絵文字のシーン、この辺りは目を潤ませながら鑑賞しました(ネタバレを避けてわかりづらい表現でスミマセン)。
基本、涙を流すことができる映画は好きです。「泣け」「泣け」と押し付けられる映画では泣けませんので、個人差はあるのでしょうが日本人として泣けました。
よくぞ原発事故を題材に作ったものです。当時の覚悟や努力、今回の企画・制作に関わる覚悟や努力、これらを非常に感じることのできる骨太な映画でした。
高得点でおススメしたいと思います。
東京電力さんがこの映画に協賛などで関わっていないところに、今後の不安を抱えて終わります。現状の全体評価が低いと感じましたので上方修正の意味で投稿してみました。
現場対本店、どっちが正か?
いろんな意見がありますが、「観るべき作品」なのかと思います。
この作品だけは東日本大震災が起こった3月11日に鑑賞したくて、この日を待っていました。
感想は面白い、面白くないを簡単に語れないぐらいに見応えがあり、個人的には観るべき作品で、あの震災を知っている者は観なければいけない作品かと思います。
冒頭から劇中で鳴り響く緊急地震速報のアラームはやはり心臓に悪い。
いきなりドキドキの心拍数が上がり、その後の余震や第一原発での爆発が起こる度にビクッとします。
渡辺謙さん、佐藤浩市さんを始め、様々な豪華キャストで固められた作品は極上の作品として見応えがあり、
1号機、3号機と爆発していく描写はキリキリとする痛みを感じるくらいに胸が締め付けられます。
佐藤浩市さん演じる伊崎利夫を始め、現場を担当する職員のギリギリでの奮闘とそれを管轄する所長の吉田昌郎を演じる渡辺謙さん。
現場と本社。そして政府との葛藤。
最悪の状況下、東日本壊滅が過る中で職員の奮闘には涙腺が緩みます。
原発の現場での緊張感が半端無いのですが、そんな緊張感が続く中での時折入る緩急の「緩」が上手く、エンターテイメントとしても一級の作品かと思います。
今から7年前に「週刊モーニング」で不定期連載されてました、竜田一人さんの「いちえふ 福島第一原子力発電所労働記」で震災後の福島原発の撤去作業の様子が描かれていたので読んでましたが、それでも得た知識は微々たる物です。
東日本を襲った未曾有の大災害で様々な被害が出て、沢山の犠牲者が出ました。
当時どんな事が起こったかはそれなりに知っていたつもりでも、まだまだ知らなかった点もあり、震災に合われた福島の方々に比べればまだまだ勉強不足な点も多々あるかと思います。
いろんな意見があって、この作品に東電の福島第一原発の現場の人達を必要以上に美化していると言う意見もあるかと思います。
それでも思うのは、この作品は映画であり、事実を元に製作されている事。
東電の第一原発での現場の方々の決死の奮闘があったからこそ、あれ以上の被害が出なかったと考え、考えうる最悪の事態に行くまでに食い止められたと自分は考えます。
事実を淡々と述べ、検証するだけならドキュメンタリーで良いかと思います。
必要以上の脚色がなされていると言う意見もあるかと思いますが、自分は映画としてのヒューマンドラマの範疇は越えてなく、そうは感じませんでした。
あの日あの時にあの地震が起こった事は紛れもない事実で、当時東京に居た自分でも東日本大震災の出来事は風化はさせてはいけないと思いますし、まだ9年しか経ってないのに既に風化しつつある事を感じます。
先日、常磐線が全線開通したとニュースを聞き、9年経ってやっと開通した事にあの震災の規模の大きさを改めて痛感し、また現在も多くの方々が避難生活を送られていると言う現状に復興したとは言い難いし、風化するには早すぎると感じます。
様々な意見があるにしても、この作品が出た事が大事であり、この作品で改めて震災に備えての準備と心構え、平和の尊さ、震災の怖さを知りました。
だからこそ、この作品は意義があり、不謹慎な言い方かも知れませんが、映画としても感動し、楽しめた一級の作品かと思います。
当時様々な状況下の中で被害に合われた方は沢山いて、誰が悪いと言うのではなく、劇中で渡辺謙さんが述べられていた「自然をナメてた。慢心していた」もうこれに尽きるのでないかと。
だからこそ、いろんな形であの震災が起こった事、あの震災で学んだ事を後世に残す事。
その1つがこの作品だと考えます。
またラストで描かれた「トモダチ作戦」も感動しました。
これもいろんな意見がありますが、素直に感謝を述べたいと思います。
今から9年前の2011年3月11日2時46分。当時専門学校の講師をやっていたのですが、その日はちょうど終業日でホームルームをやっている時に地震が発生しました。
幸い日頃の避難訓練のおかげで、慌てる事もなく避難し、無事に生徒は帰宅出来ましたが、一週間後に控えた卒業式は生徒の安全を考え、中止になりました。
安全を鑑みての中止ではありましたが、それでも学校生活を共にした生徒達を卒業式で送り出してやりたかったのでなんとなく心残りがある感じを覚えています。
先日、専門学校に通う知り合いの子が3月19日に行われる卒業式が中止になったと聞きました。
その子は小学校の卒業式は震災で中止になり、今回はコロナの影響で中止。
人生で卒業式を迎えるのは普通は多くても4~5回ぐらいかと思いますが、“人生で2回も自分が参加する卒業式が中止になると思わなかった”と言っていました。
福島の復興は着々と進んではいますが、完全復興まではまだまだでオリンピック・パラリンピックの聖火リレーが福島からスタートすると言うテロップは3月11日ではオリンピックが行われないかもしれないと言う現状が皮肉にも感じますが、それでも前を向いて歩んでいくしかないんですよね。
長文で拙く、まとまりの無い文章ですが、いろんな事を再び繰り返さない為にこの作品は「観るべき作品」と個人的には考えます。
最前線の戦い
話し合うきっかけのための物語
原発事故の群像劇ながら、東電側に事実を歪曲した国策映画。
2011年3月11日のあの忌まわしき未曾有の大惨事である東日本大震災の日から9年経過しようとする、一昨日の3月10日に、滋賀県草津市のイオンシネマ草津まで鑑賞に出向いて来ました。
東日本大震災による巨大津波が福島第一原発を襲った事により、非常用電源さえも落ちてしまった中央制御室で、原子炉格納容器の圧力が上がり、暴走し水素爆発の危険性が高まる中、格納容器内の空気を排出する「ベント」を世界初の人力の手動で行うという危険な作業をする運転員を募る、1・2号機当直長の伊崎利夫(佐藤浩市さん)をはじめ、高濃度放射線被曝も覚悟の上で、<決死隊>とも言うべき危険が迫る最前線の現場で作業していた東電職員や自衛隊員、消防署員たちの格闘する姿を描いた骨太な群像劇という点では、まさに生命を賭けた英雄譚でもありました。
あのチェルノブイリ原発事故の約10倍の放射能を撒き散らす危険性を秘めた瀬戸際に立っていた事実までは知らなかったので、その点では凄く緊張感も溢れる作品でした。
また、免震棟の緊急対策本部の本部長でもある現場トップの吉田昌郎所長(渡辺謙さん)については、現場の実情を知らない当時の東電本店や政府・官邸サイドとの間でいらだちを募らせながら折衝に当たっているといった滑稽な描写を交え、あたかも当時の東電本店や官邸の動向の無茶振りばかりがクローズアップされてはいましたが、そもそもこの福島第一原発事故は、天災である巨大津波が起因しているとはいえ、元はと言えば、この吉田昌郎所長と東電本店との間で、事前に二度も協議の上、それ相応の危険性を知っていた上で、その対策も講じていなかったという責任の所在を抜きにして当該事故のみに焦点を当てた筋書きにしている点で、(この事故により現場でまさに生命を賭す覚悟で対応に迫られていた人々には頭が下がりますが)、この原発事故を引き起こした主たる要因は、天災ではなく、あくまでも人為的なアクシデントである点を描かずに、責任の所在や事実を歪曲している点からも、果たして単なる英雄譚として持ち上げて良いのかとかなり疑問も生じました。
そして、この事実の歪曲についても、あくまでも複雑な原発事故について思い切って端的に表現し、あくまでも物語として面白くなる様にするべく紡いだ脚本の妙、そして群像劇をさばいた若松節朗監督の技量、それに応えた豪華俳優陣たちの演技が輝る作品に仕上げるための相応の脚色の域と評するべきというのであれば、<真実の物語>と謳うのはやめて欲しいし、あくまでもフィクションと銘打って欲しいですね。
その点で、本作は、吉田昌郎所長はじめ東電職員の面々は実名に準じた配役名であるにも拘わらず、原発事故当時の官邸側の菅直人総理や枝野幸男官房長官などは実名をぼかした配役となっている点からしても逃げ口上を用意しているかの様で不自然極まりなく、なにも深読みせずとも、あの福島第一原発事故はあくまでも想定外の天災によるものとして、国内にある他の原発の再稼働を推進しようと謀る国策映画と揶揄されても仕方がないとも思われました。
個々の事象や人為的アクシデントを生んだ責任論や検証は、報道やドキュメンタリーなどで、こと足りるという意見もあるのかも知れないですが、それであれば何のために製作企図したのかという疑問も残ります。
最後に、ラストの桜並木が続く演出には既に原発事故問題や復興が完了しつつあるかのような誤解を生むようでやや不満が残りました。
ただ、奇遇なことに、映画の公開に前後して、2020年3月10日より、福島第一原発事故により帰還困難区域となっていた豊岡町の夜ノ森駅周辺のこの桜並木の立ち入りが解除される運びとなるのも偶然にしては話が出来過ぎでしたね。
私的な評価としましては、
原発事故に立ち向かい、まさに命懸けで、その現場で格闘した人々の姿を描いた骨太な群像劇である点は、東電本店や官邸の無茶ぶりな数々の動向の真偽の程の云々は別にしても、私も文句を述べるつもりはないですが、ただ敢えて難癖付けるならば、そもそも論として今回の原発事故は何故起こったのかを考えると、天災のみならず人為的なミスによるものと考えると、単なる英雄譚として鑑賞していられなかったですし、大幅な脚色をしているにも拘わらず<真実の物語>と謳い宣伝しているのが観るに耐えなかったです。
従いまして、良く出来た脚色されたパニック映画として観るならば実に面白い映画ではありましたが、実録映画として観るには事実を歪曲し過ぎている点がかなり気になり、多くのレビューアーが指摘しているように国策映画と揶揄されても仕方がないとも思われました。
ですので、五つ星評価的には、映画の出来映え的には、豪華俳優陣の好演に加えて、<白組>のVFX技術も凄くて、並以上の作品の仕上がりでしたが、事実誤認を施すような内容には、到底感心出来なかったので、★★★☆(3.5)の評価とさせて頂きます。
後味が…
9年前のこの日に起こったことを、自分の中で風化させないために、鑑賞しました。
TVで見ていた福島原発の事故や、その中で必死に止めようとしていた人達の努力に、あまり触れて来ずに今まで生活していた自分が恥ずかしくなりました。
改めて考えさせられた映画でした…が
ただなんとなく最後にグッとくるものはなかったです。賛否両論あるとは思いますが、原発事故を取り上げた映画であったのなら、もう少し現場を掘り下げた、迫った内容であってほしかったです。映画ですのでリアリティを求めるのは違うんでしょうけど…
会議のやりとりがくどい。
最終的に、何を伝えたかったのか?自然災害の恐怖?家族愛?中途半端で後味が悪い…
印象に残るシーンは無いです…出来事を淡々と流している感じというか…
出演者が豪華で、演技も素晴らしいだけに内容が中途半端なイメージでした。
震災で大変な状況の中、父親が家族を離れ、命をかけて国を守るために働いている。それを待っている家族の不安や辛さは、体験した方でなければ計り知れません。
ですが、この映画には娘が思い出を回想するシーンは必要でしたかね?
ただ、9年経ちましたが、あの日のことは絶対に忘れてはいけないと改めて思います。
被災された方々にご冥福をお祈りします。
食材と調味料はいいものが揃っているのに
良い食材(ほぼ世界の全ての人々が目にして来た現実に起きた事)と調味料(豪華で演技力抜群な俳優陣)が揃い、さあ、絶品料理(素晴らしい映画作品)が楽しみ~♪と思ったら…
料理人(監督・脚本)があまりにも能力不足だからか、あまり美味しくない料理を食べさせられてしまったって感じ
あの4~5日に起きていた事の再現が良かったが、途中から特に後半のお涙頂戴的な場面の連続に霹靂
なぜ、邦画ってこうもお涙頂戴したがるのだろう?
感動の場面は、吉田さんが伊崎さんへの手紙や吉田さんの葬儀だけでいいだろう
そうする事で問題の本質等から観客の目を逸らしたいんでしょうね
当時の菅直人民主党政権の無能無策ぶりを強調しているのにはなんだか政治的なものが
まぁ、でも、本作で原発は日本には不要だし、造り使って来たのが全くの間違いだったのを再確認再認識できたのが良かった
今、フクイチで何が起きているのかが殆ど描かれていないのと五輪を持ち出すのも減点対象だね
フクイチが完全に終わらない限り、復興等実現しない!
また、フクイチはまだまだ終わっていないのに、もう過去にしようとしているのも悲しいな~と思ったね
あの日の自分
奇しくも3月11日、3時からの上映を観ました。始まったときに、あの日のこの時間のことを思い、あの日の時間と平行しているような気になりました。
福島にいたわけではなく、当日は停電で詳しい情報がない夜を過ごしたので、電気が復旧してからみたテレビから映し出される津波や原発の爆発の映像に茫然としたのを覚えています。
この映画に、賛否両論出るのはあたりまえだし、観ない選択をされる方もたくさんいると思います。
私はあの日、テレビに釘付けになり見ていたあの「建屋」のなかで起こっていたことを知れて良かったと思います。
あの時現場でできたことのなかでひとつの選択を模索し決めて行動できた人たちのことをすごいと思いました。
この映画の監督やスタッフ、そして俳優さんたちは全ての賛否を受けとめる覚悟で撮ったのがわかる作品でした。
認識不足でした。
みんな、頑張ってた
世間がコロナウィルスの不要不急な外出控えの指示の中、会社が通勤ラッシュの感染を避けるため時差出勤をさせてくれてる中、本日2020年3月11日、鑑賞。
実際は、おそらく、この100倍、1000倍、大変だったんだろうと思う。
普通に東北で被災した私も大変だった。
みんな大変だった。
けど、日本を甚大な被害から守る為に命をかけてくれていた人達の大変さは計り知れない。
映画は映画だけど、あの日、あの時我々を命をかけて守ってくれていた人達の闘いを知っておくべきと思う。
政府の対応がこの通りだったとしたら、ホント、アホを選出しているバカな国だ。
映画観てて、日本大丈夫か、と心配になった。
コロナ対策のいまも変わらない何かがズレている対応してるのは同じか。
まともな人がトップに立ち、まともな人が脇を支えてほしい。
今日、震災9年目、宮城の親友と語ったことが、あの時
「みんな、頑張ってた」です。
今の日本があるのはこの映画のような人達、また日々を一生懸命に復興に向かって歩んでくださった人達ひとり一人の力です。
開催されれば、復興オリンピック、と言われるようですが、まだまだ復興を名乗るのは早いのかも。
自然の力がそう言ってるような気がします。
自然をなめてはいけない、今回のコロナからの警告も同じ自然の力です。
領分を知る
松の廊下調で「いかにも日本的な演出」なのでは、と少々警戒していたが
冒頭から切り込むスピーディーかつ、あえて専門用語をセリフで説明したり、素人向けのテロップが入ることもないドライな展開に想像以上、好感を持つ。
鑑賞しながら「シンゴジラ」と対になりそうだと過った。HBOの「チェルノブイリ」も見たがこの三本、原子力の功罪や政治家と専門家についてそれぞれ異なる描き方をしており、比べることで本作の過不足もなおよく見えてくるのでは、と思う。
未曽有の事態にみな必死なのだが、なぜかみ合わないのか。
忖度が介在していたとして、事態に見合うトップを選ぶこともひとつ能力であると思え、また据えた組織に素早く指揮系統を移行することも大切だと思えてならない。
それで万事OKではないが、それぞれに「自分の領分」を知ることもまた危機管理だと本作より考えるのである。
3.11を風化させないために観て欲しい。
あの大災害から9年が経った日に観に行こうと決めて行きました。
日本人として、東日本大震災と福島第一原発事故は忘れてはいけない。
本作はあくまでも福島第一原発事故の話。
東日本大震災はその引き金であり、津波による電源喪失や制御不能に陥った緊張状態の現場で多くの人たちがギリギリまで決死の覚悟で足掻いたことを改めて知る機会になりました。
実話に基づく東電吉田所長を渡辺謙が、その親友であり現場を指揮する伊崎役を佐藤浩市が熱演。
米軍の「トモダチ作戦」などの発令や吉田所長との友情には涙が出ました。
新型肺炎蔓延による自粛ムードの中、様々な買い占めや転売などあの時は助け合っていた日本人を世界は絶賛したのに…9年経ち、日本人のモラルが低下したのか、自分勝手になったのか。改めて様々なことを日本人に問う作品だと思います。
希望と自信と勇気
あの日は、3月も半ばに差し掛かろうというのに凍てつくほどに寒かった。雲一つない晴天のせいか、冷え込みも一段と厳しかった記憶があります。
命を奪われた人とその家族の方々には、誠に不謹慎かもしれませんが、丁度9年前の今日・2011年3月11日午後2時46分、その瞬間から24時間に於いて、首都圏・東北地方に暮らす殆どの人に、各々個々に大小の劇的なドラマが生まれました。
その中に、日本の崩壊をギリギリで喰い止めるために身を挺して全力を尽くした、崇高なドラマがあったことを、この映画は想起させてくれました。
本作は、福島第一原子力発電所(通称:イチエフ)で、あの時起きたことのドキュメンタリー映画であり、人為的なスジはなく、事実に沿って刻一刻と事態が悪化していく中での、吉田所長以下所員たちの凄まじい命懸けの数日間の現場再現ドラマです。
短いカットで目まぐるしくシーンが展開し、落ち着いて話の進展を整理する間もないままに、次々と予期せぬ事故と人的確執が起きていきます。ただ映画は事実の輪郭をなぞっているに過ぎず、その時の現場は不安と苛立ちと戦慄に晒されながら、皆が一人一人神経を研ぎ澄まして1秒1秒、事態に臨んでいたのであり、その異常な緊迫感と焦燥感と恐怖感は、本作でも十二分に犇々と伝わってきます。事実の迫力は、どんな見事なスジをも凌駕します。
彼らの行動の淵源にあったのは、単なる使命感ではなかったはずで、それはマックス・ヴェーバーの説く職業倫理を遥かに超越した無上の人類愛と正義倫理であり、私は其処に、「仁」に則り、「信」に沿い、「忠」を尽くし、「礼」を守り、「義」に遵う、日本人の深層に揺蕩う美徳と行動規範の原点が凝縮されているように思えました。
劇中に自衛隊の辺見曹長がごく自然に発した「国を守るのが自分たちの使命です」は、その時にイチエフで従事し尽力した人々皆が無意識に共有していた固い信念だったと思います。
ベントに向かう決死隊を募る局面、中央制御室から撤退移動する際の居残り志願、余りにも淡々粛々と命をも投げ出す、沈着冷静にして豪胆で献身的な行い、その美しくも荘厳な言動には、人間として心から湧き上がる感動を抑えられず、不覚にも落涙してしまいました。
映画でも触れているように、原子炉の圧力が低下した真因は今もって不明です。よって彼ら所員の判断と行動が結果に結びついたとは必ずしも言えず、単なる偶然かもしれません。
ただ命を賭して原子炉爆発を回避するために、寝食を忘れて心身を捧げ尽して取り組み、人間の尊厳を守ってくれた人々が居たことを、私達は決して忘れてはいけません。
自然の猛威の前に、呆然と為す術なく、余りにも脆く弱い人間。無力感と虚脱感と絶望感の極限に陥っても、しかしそれでも災厄に立ち向かい克服のために全力を注ぐ人間。傲慢で浅薄で狡猾だけれど、その不屈の精神の気高さと尊さを、本作は滔々と讃えると共に、未来への希望と自信と勇気を示してくれたように感じます。
時間と金の無駄。
初めに言っておくが純粋に福島で起きた事、それについて知りたい人が見るものではないだろう。何故なら事実を歪曲して今の何処ぞの政治家さんに都合の良いように福島で起きた事実を描いているからだ。福島で起きた事を知りたいのであれば昔にやっていたNHKの原発のドキュメンタリーを見たほうがよっぽどマシであろう。
また、この映画にはプロパガンダの様なそんな感じがしてならない。自己犠牲を美徳とする様な。。それについては多くを語らずとも理解して頂けるであろう。何故わざわざ、福島の事をFukushimaと記すのか。日本人なら何を揶揄しているかお分かり頂けますよね。
多くの映画評論家から酷評を受けている意味が非常に良く理解できました。私はこれを見て気分が悪くなりました。TVで放送されても二度と見ることはないでしょう。
全499件中、301~320件目を表示








