Fukushima 50のレビュー・感想・評価
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話し合うきっかけのための物語
ヒーローものにしようとしているのが窺えるのが残念だが、今、原発について考えるきっかけとして、この映画は有用なのではないか。
制作者の意図としては、福島原発のことを考えさせたかったのではないか。
フィクションではなく、事実を知り、これからどうしていけばいいか考えたい、という気にさせられた。
賛否両論ある。それでいい。
各自が福島原発について周りの人と話し合って、風化させないようにすることが大事だと思う。
そして、今できること、これからどうすればいいかを考えることが大事と感じた。
原発事故の群像劇ながら、東電側に事実を歪曲した国策映画。
2011年3月11日のあの忌まわしき未曾有の大惨事である東日本大震災の日から9年経過しようとする、一昨日の3月10日に、滋賀県草津市のイオンシネマ草津まで鑑賞に出向いて来ました。
東日本大震災による巨大津波が福島第一原発を襲った事により、非常用電源さえも落ちてしまった中央制御室で、原子炉格納容器の圧力が上がり、暴走し水素爆発の危険性が高まる中、格納容器内の空気を排出する「ベント」を世界初の人力の手動で行うという危険な作業をする運転員を募る、1・2号機当直長の伊崎利夫(佐藤浩市さん)をはじめ、高濃度放射線被曝も覚悟の上で、<決死隊>とも言うべき危険が迫る最前線の現場で作業していた東電職員や自衛隊員、消防署員たちの格闘する姿を描いた骨太な群像劇という点では、まさに生命を賭けた英雄譚でもありました。
あのチェルノブイリ原発事故の約10倍の放射能を撒き散らす危険性を秘めた瀬戸際に立っていた事実までは知らなかったので、その点では凄く緊張感も溢れる作品でした。
また、免震棟の緊急対策本部の本部長でもある現場トップの吉田昌郎所長(渡辺謙さん)については、現場の実情を知らない当時の東電本店や政府・官邸サイドとの間でいらだちを募らせながら折衝に当たっているといった滑稽な描写を交え、あたかも当時の東電本店や官邸の動向の無茶振りばかりがクローズアップされてはいましたが、そもそもこの福島第一原発事故は、天災である巨大津波が起因しているとはいえ、元はと言えば、この吉田昌郎所長と東電本店との間で、事前に二度も協議の上、それ相応の危険性を知っていた上で、その対策も講じていなかったという責任の所在を抜きにして当該事故のみに焦点を当てた筋書きにしている点で、(この事故により現場でまさに生命を賭す覚悟で対応に迫られていた人々には頭が下がりますが)、この原発事故を引き起こした主たる要因は、天災ではなく、あくまでも人為的なアクシデントである点を描かずに、責任の所在や事実を歪曲している点からも、果たして単なる英雄譚として持ち上げて良いのかとかなり疑問も生じました。
そして、この事実の歪曲についても、あくまでも複雑な原発事故について思い切って端的に表現し、あくまでも物語として面白くなる様にするべく紡いだ脚本の妙、そして群像劇をさばいた若松節朗監督の技量、それに応えた豪華俳優陣たちの演技が輝る作品に仕上げるための相応の脚色の域と評するべきというのであれば、<真実の物語>と謳うのはやめて欲しいし、あくまでもフィクションと銘打って欲しいですね。
その点で、本作は、吉田昌郎所長はじめ東電職員の面々は実名に準じた配役名であるにも拘わらず、原発事故当時の官邸側の菅直人総理や枝野幸男官房長官などは実名をぼかした配役となっている点からしても逃げ口上を用意しているかの様で不自然極まりなく、なにも深読みせずとも、あの福島第一原発事故はあくまでも想定外の天災によるものとして、国内にある他の原発の再稼働を推進しようと謀る国策映画と揶揄されても仕方がないとも思われました。
個々の事象や人為的アクシデントを生んだ責任論や検証は、報道やドキュメンタリーなどで、こと足りるという意見もあるのかも知れないですが、それであれば何のために製作企図したのかという疑問も残ります。
最後に、ラストの桜並木が続く演出には既に原発事故問題や復興が完了しつつあるかのような誤解を生むようでやや不満が残りました。
ただ、奇遇なことに、映画の公開に前後して、2020年3月10日より、福島第一原発事故により帰還困難区域となっていた豊岡町の夜ノ森駅周辺のこの桜並木の立ち入りが解除される運びとなるのも偶然にしては話が出来過ぎでしたね。
私的な評価としましては、
原発事故に立ち向かい、まさに命懸けで、その現場で格闘した人々の姿を描いた骨太な群像劇である点は、東電本店や官邸の無茶ぶりな数々の動向の真偽の程の云々は別にしても、私も文句を述べるつもりはないですが、ただ敢えて難癖付けるならば、そもそも論として今回の原発事故は何故起こったのかを考えると、天災のみならず人為的なミスによるものと考えると、単なる英雄譚として鑑賞していられなかったですし、大幅な脚色をしているにも拘わらず<真実の物語>と謳い宣伝しているのが観るに耐えなかったです。
従いまして、良く出来た脚色されたパニック映画として観るならば実に面白い映画ではありましたが、実録映画として観るには事実を歪曲し過ぎている点がかなり気になり、多くのレビューアーが指摘しているように国策映画と揶揄されても仕方がないとも思われました。
ですので、五つ星評価的には、映画の出来映え的には、豪華俳優陣の好演に加えて、<白組>のVFX技術も凄くて、並以上の作品の仕上がりでしたが、事実誤認を施すような内容には、到底感心出来なかったので、★★★☆(3.5)の評価とさせて頂きます。
後味が…
9年前のこの日に起こったことを、自分の中で風化させないために、鑑賞しました。
TVで見ていた福島原発の事故や、その中で必死に止めようとしていた人達の努力に、あまり触れて来ずに今まで生活していた自分が恥ずかしくなりました。
改めて考えさせられた映画でした…が
ただなんとなく最後にグッとくるものはなかったです。賛否両論あるとは思いますが、原発事故を取り上げた映画であったのなら、もう少し現場を掘り下げた、迫った内容であってほしかったです。映画ですのでリアリティを求めるのは違うんでしょうけど…
会議のやりとりがくどい。
最終的に、何を伝えたかったのか?自然災害の恐怖?家族愛?中途半端で後味が悪い…
印象に残るシーンは無いです…出来事を淡々と流している感じというか…
出演者が豪華で、演技も素晴らしいだけに内容が中途半端なイメージでした。
震災で大変な状況の中、父親が家族を離れ、命をかけて国を守るために働いている。それを待っている家族の不安や辛さは、体験した方でなければ計り知れません。
ですが、この映画には娘が思い出を回想するシーンは必要でしたかね?
ただ、9年経ちましたが、あの日のことは絶対に忘れてはいけないと改めて思います。
被災された方々にご冥福をお祈りします。
食材と調味料はいいものが揃っているのに
良い食材(ほぼ世界の全ての人々が目にして来た現実に起きた事)と調味料(豪華で演技力抜群な俳優陣)が揃い、さあ、絶品料理(素晴らしい映画作品)が楽しみ~♪と思ったら…
料理人(監督・脚本)があまりにも能力不足だからか、あまり美味しくない料理を食べさせられてしまったって感じ
あの4~5日に起きていた事の再現が良かったが、途中から特に後半のお涙頂戴的な場面の連続に霹靂
なぜ、邦画ってこうもお涙頂戴したがるのだろう?
感動の場面は、吉田さんが伊崎さんへの手紙や吉田さんの葬儀だけでいいだろう
そうする事で問題の本質等から観客の目を逸らしたいんでしょうね
当時の菅直人民主党政権の無能無策ぶりを強調しているのにはなんだか政治的なものが
まぁ、でも、本作で原発は日本には不要だし、造り使って来たのが全くの間違いだったのを再確認再認識できたのが良かった
今、フクイチで何が起きているのかが殆ど描かれていないのと五輪を持ち出すのも減点対象だね
フクイチが完全に終わらない限り、復興等実現しない!
また、フクイチはまだまだ終わっていないのに、もう過去にしようとしているのも悲しいな~と思ったね
あの日の自分
奇しくも3月11日、3時からの上映を観ました。始まったときに、あの日のこの時間のことを思い、あの日の時間と平行しているような気になりました。
福島にいたわけではなく、当日は停電で詳しい情報がない夜を過ごしたので、電気が復旧してからみたテレビから映し出される津波や原発の爆発の映像に茫然としたのを覚えています。
この映画に、賛否両論出るのはあたりまえだし、観ない選択をされる方もたくさんいると思います。
私はあの日、テレビに釘付けになり見ていたあの「建屋」のなかで起こっていたことを知れて良かったと思います。
あの時現場でできたことのなかでひとつの選択を模索し決めて行動できた人たちのことをすごいと思いました。
この映画の監督やスタッフ、そして俳優さんたちは全ての賛否を受けとめる覚悟で撮ったのがわかる作品でした。
認識不足でした。
みんな、頑張ってた
世間がコロナウィルスの不要不急な外出控えの指示の中、会社が通勤ラッシュの感染を避けるため時差出勤をさせてくれてる中、本日2020年3月11日、鑑賞。
実際は、おそらく、この100倍、1000倍、大変だったんだろうと思う。
普通に東北で被災した私も大変だった。
みんな大変だった。
けど、日本を甚大な被害から守る為に命をかけてくれていた人達の大変さは計り知れない。
映画は映画だけど、あの日、あの時我々を命をかけて守ってくれていた人達の闘いを知っておくべきと思う。
政府の対応がこの通りだったとしたら、ホント、アホを選出しているバカな国だ。
映画観てて、日本大丈夫か、と心配になった。
コロナ対策のいまも変わらない何かがズレている対応してるのは同じか。
まともな人がトップに立ち、まともな人が脇を支えてほしい。
今日、震災9年目、宮城の親友と語ったことが、あの時
「みんな、頑張ってた」です。
今の日本があるのはこの映画のような人達、また日々を一生懸命に復興に向かって歩んでくださった人達ひとり一人の力です。
開催されれば、復興オリンピック、と言われるようですが、まだまだ復興を名乗るのは早いのかも。
自然の力がそう言ってるような気がします。
自然をなめてはいけない、今回のコロナからの警告も同じ自然の力です。
領分を知る
松の廊下調で「いかにも日本的な演出」なのでは、と少々警戒していたが
冒頭から切り込むスピーディーかつ、あえて専門用語をセリフで説明したり、素人向けのテロップが入ることもないドライな展開に想像以上、好感を持つ。
鑑賞しながら「シンゴジラ」と対になりそうだと過った。HBOの「チェルノブイリ」も見たがこの三本、原子力の功罪や政治家と専門家についてそれぞれ異なる描き方をしており、比べることで本作の過不足もなおよく見えてくるのでは、と思う。
未曽有の事態にみな必死なのだが、なぜかみ合わないのか。
忖度が介在していたとして、事態に見合うトップを選ぶこともひとつ能力であると思え、また据えた組織に素早く指揮系統を移行することも大切だと思えてならない。
それで万事OKではないが、それぞれに「自分の領分」を知ることもまた危機管理だと本作より考えるのである。
3.11を風化させないために観て欲しい。
あの大災害から9年が経った日に観に行こうと決めて行きました。
日本人として、東日本大震災と福島第一原発事故は忘れてはいけない。
本作はあくまでも福島第一原発事故の話。
東日本大震災はその引き金であり、津波による電源喪失や制御不能に陥った緊張状態の現場で多くの人たちがギリギリまで決死の覚悟で足掻いたことを改めて知る機会になりました。
実話に基づく東電吉田所長を渡辺謙が、その親友であり現場を指揮する伊崎役を佐藤浩市が熱演。
米軍の「トモダチ作戦」などの発令や吉田所長との友情には涙が出ました。
新型肺炎蔓延による自粛ムードの中、様々な買い占めや転売などあの時は助け合っていた日本人を世界は絶賛したのに…9年経ち、日本人のモラルが低下したのか、自分勝手になったのか。改めて様々なことを日本人に問う作品だと思います。
希望と自信と勇気
あの日は、3月も半ばに差し掛かろうというのに凍てつくほどに寒かった。雲一つない晴天のせいか、冷え込みも一段と厳しかった記憶があります。
命を奪われた人とその家族の方々には、誠に不謹慎かもしれませんが、丁度9年前の今日・2011年3月11日午後2時46分、その瞬間から24時間に於いて、首都圏・東北地方に暮らす殆どの人に、各々個々に大小の劇的なドラマが生まれました。
その中に、日本の崩壊をギリギリで喰い止めるために身を挺して全力を尽くした、崇高なドラマがあったことを、この映画は想起させてくれました。
本作は、福島第一原子力発電所(通称:イチエフ)で、あの時起きたことのドキュメンタリー映画であり、人為的なスジはなく、事実に沿って刻一刻と事態が悪化していく中での、吉田所長以下所員たちの凄まじい命懸けの数日間の現場再現ドラマです。
短いカットで目まぐるしくシーンが展開し、落ち着いて話の進展を整理する間もないままに、次々と予期せぬ事故と人的確執が起きていきます。ただ映画は事実の輪郭をなぞっているに過ぎず、その時の現場は不安と苛立ちと戦慄に晒されながら、皆が一人一人神経を研ぎ澄まして1秒1秒、事態に臨んでいたのであり、その異常な緊迫感と焦燥感と恐怖感は、本作でも十二分に犇々と伝わってきます。事実の迫力は、どんな見事なスジをも凌駕します。
彼らの行動の淵源にあったのは、単なる使命感ではなかったはずで、それはマックス・ヴェーバーの説く職業倫理を遥かに超越した無上の人類愛と正義倫理であり、私は其処に、「仁」に則り、「信」に沿い、「忠」を尽くし、「礼」を守り、「義」に遵う、日本人の深層に揺蕩う美徳と行動規範の原点が凝縮されているように思えました。
劇中に自衛隊の辺見曹長がごく自然に発した「国を守るのが自分たちの使命です」は、その時にイチエフで従事し尽力した人々皆が無意識に共有していた固い信念だったと思います。
ベントに向かう決死隊を募る局面、中央制御室から撤退移動する際の居残り志願、余りにも淡々粛々と命をも投げ出す、沈着冷静にして豪胆で献身的な行い、その美しくも荘厳な言動には、人間として心から湧き上がる感動を抑えられず、不覚にも落涙してしまいました。
映画でも触れているように、原子炉の圧力が低下した真因は今もって不明です。よって彼ら所員の判断と行動が結果に結びついたとは必ずしも言えず、単なる偶然かもしれません。
ただ命を賭して原子炉爆発を回避するために、寝食を忘れて心身を捧げ尽して取り組み、人間の尊厳を守ってくれた人々が居たことを、私達は決して忘れてはいけません。
自然の猛威の前に、呆然と為す術なく、余りにも脆く弱い人間。無力感と虚脱感と絶望感の極限に陥っても、しかしそれでも災厄に立ち向かい克服のために全力を注ぐ人間。傲慢で浅薄で狡猾だけれど、その不屈の精神の気高さと尊さを、本作は滔々と讃えると共に、未来への希望と自信と勇気を示してくれたように感じます。
時間と金の無駄。
初めに言っておくが純粋に福島で起きた事、それについて知りたい人が見るものではないだろう。何故なら事実を歪曲して今の何処ぞの政治家さんに都合の良いように福島で起きた事実を描いているからだ。福島で起きた事を知りたいのであれば昔にやっていたNHKの原発のドキュメンタリーを見たほうがよっぽどマシであろう。
また、この映画にはプロパガンダの様なそんな感じがしてならない。自己犠牲を美徳とする様な。。それについては多くを語らずとも理解して頂けるであろう。何故わざわざ、福島の事をFukushimaと記すのか。日本人なら何を揶揄しているかお分かり頂けますよね。
多くの映画評論家から酷評を受けている意味が非常に良く理解できました。私はこれを見て気分が悪くなりました。TVで放送されても二度と見ることはないでしょう。
私は忘れない。あの日のこと。
映画「Fukushima50」を観てきました。
2011年3月11日。
東北で起こった悪夢のようなあの震災。
あれからもう9年。
京都という何の被害にあってもいない人間でも
東北のことを思うと胸が痛くなった。
そんなことを思い出しながら映画を観た。
あの頃の記憶がよみがえる。
そして福島の原発の現場では
命がけで大変だったということを知る。
あの頃のニュースでは福島の詳しい情報はわからなかった。
遠くから原発の映像を映してても
現場の細かい状況なんて
放送するわけない。
映画を観ていて思った。
やっぱりこういう緊急事態が起こると、
現場と政府の温度差とか
すれ違いが必ず起こるなと。
現場で必死でやってる人の状況も考えず
国の上の人は勝手なことばかり指示する。
憤る現場。疲れ切っている
わかってもらえない歯がゆさ。
命がけで原発と闘っている人たちがいる。
そしてそれを国として
伝えないといけない状況がある。
そんな中本当の真実なんて知らされない。
こうして映画化されて
「こんなに大変だったんだ」と胸が熱くなる。
しかしこれは映画。
現実はもっともっと大変で悲惨だっただろう。
このような震災が起こった時に
恐ろしいことになるんだということだけは
知ることができる。
普段何もなければこの電気は原発によって
送られてきているということさえ
忘れているだろう。
何も考えず
ネットや携帯のある便利な世の中で
のほほんと暮らしている。
こういう震災が起こってはじめて知る
「原発の恐ろしさ」
便利さの裏にある深い闇。
こんなにひどい震災が起こらないと
知ることもないなんて
日本に住んでいながら恥ずかしいことだ。
そしてあの震災で津波が来て
めちゃくちゃになった原子炉を
命がけで守ってくれた人たちがいたことに
深く感謝します。
全員が逃げ出していたら
日本はこんなに復興できてなかったでしょう。
私は忘れない。あの日を。
改めて今日映画を観て思いました。
それから東北は見事に復興を遂げた。
まだまだ完全ではないのだろうけど。
日本人はすごい。
あれを乗り越えたんだから
コロナなんかに負けるはずがない!!
この映画に学ぶことは
「命がけでがんばってる人同士助け合う」
ということだった。
誰も文句なんて言ってない。
命をかけて「僕がやります!」
って手をあげていた人たちの強さと
プロとしての意識を尊敬します。
あの日を忘れないで
感謝して生きていきたいですね。
事実を脚色している。 政治的意図がある。
肩に力が入る
政治的プロパガンダ映画?
被災当時は一部からは人災だと揶揄されていることは知っていましたが「事実に基づく映画」として制作したにしてはあまりにも偏った視点の内容に感じました。
現場で命をかけた作業員の方々(事故原因や対応)は漠然と描写され、当時の東電、政権、官僚批判が色濃く描かれている様に感じます。
正直、知り合いには変な目で見られそうでお勧めも批判もとても出来る代物ではないので匿名のこちらに感想として記載しておきます。
原発事故ではなく津波災害にフォーカスを広げた方が中身のある作品になったのでは?
ただ、佐藤浩一さん、渡辺謙さんの憔悴した様子や鬼気迫る演技はやっぱりすごいです。
ほとんど実話だから凄いんだぜ。
映画なんだから、当然演出があり、誇張があり、
大人の事情で描けない部分もあるだろうよ。
こまけー部分はいいんだよ!
予測を超えた地震と、津波があり、
(予測すべであり、対策を取っていなかったのは許しがたいが)
原発の全電源喪失という事実。
そして、命の危険を感じつつも、その責任感から
現場に残り、事態の推移を見守り、
どうにかならないか悩み、解決すべく仕事をしていた。
これは、紛れもない事実で、これだけで感動ものだって事だろ!
どこの世界に、このことが実際に行動に起こせる国があるんだよ!個人なら、そら当然いるだろうよ!
単なる仕事仲間たちが、いざとなったら、団結し、
自己犠牲の精神で、決死隊に名乗りを上げる。
スゲーよ!もう、それだけで!
FUKUSIMA50だって、海外のメディアが名付けたんであって、地元民が呼んでるなんて、言ってないし。
実際に、地震、津波、原発の被害に遭われた方々は当然
様々な意見があるでしょう。
国や東電の対応に不満もおありでしょう。
しかしながら、だけど、その問題とこの問題を、
ゴッチャにして、映画を評価するのはおかしいと思います。
自分も、映画としてもう少し原発問題の安全性とか、
科学的なアプローチがあったほうが良かったと思いますが、
それはまた、別の映画に期待します。
違う観点からの映画もすでにあり、それも見ました。
追伸、
この映画に星ひとつも付けられないなんて、悲しすぎる。
自分の中では、多分違う国の人なんだなーって
思ってしまいます。ゴメンね。
原発帝国の崩壊
厳密には崩壊してませんがそんな緊張感が映画冒頭からずっと続きます
映画として観たらかなりのクオリティであると思うしエンタメとしては楽しめた
本当に出来のいい邦画だと思ったので★4です
しかし事実を元にしているとなると少し複雑な気持ちになる
原作は入念な取材に基づいているようだし、その映像化にあたり更なる脚色があったとしても飛躍した嘘とかは流石にないだろうと思う
ただ現場のやりとりのセリフなどは分かりやすく再構成されたものだし、単なるドキュメンタリーではなくドラマとして成立させる為に実在している人物でもキャラだてをしなければならないのでそこら辺は冷静に受け止める必要がある
今回、"現場で奮闘する人達"としてFukushima50という言い方を私は初めて聞いたが、現場の人が何とかしたのだろうなという程度の認識だったので、映像として現場の壮絶さを再現できた点においては意味があったと思う
あの事故は東電にとっては青天の霹靂であったと思うけど、電力という市場を独占してそこであぐらをかいていた現実もあったわけだし、その点は最前線で働いていた現場の人達だって(その"情熱や勤勉さ"は理解するけど)原発に対しての「安全神話」は疑ってなかったわけです
もし万一の不安を抱いていたとしても東電上層部との温度差で「危機管理」の更なる提案なんて出来なかったと思う
映画では現場で奮闘する人達を主軸にして描いたから、東電上層部や当時の政権をわかりやすい悪役に描いているものの、市井の人達は避難所でのシーンでしかなくそちら側の悲壮さは薄くすみにおかれてる印象となってしまったので、現実に被災された方々からしたら「事故現場が命がけだったのは分かるけど、その煽りをこっちだってくらってるんだ!」となるでしょうね
そもそも「想定外の大きさの津波を想定していなかった」というのが本当かどうか?そこは客観的に言うと単なる希望的観測の幻想化ではなかったか?
原発の安全キャンペーンをタレントさんを使ってCM展開していた時ひたすら原発の安全性を流布していた
東電がCMを流すのはスポンサーとしての利益循環で、原発の必要性・安全性をわざわざ言う事に何の意味があるというのだろうとさえ思っていたけど…
「安全神話」が崩れる事を恐れていたのが今にしてわかる
原発は電力の一つとして欠かせないものになっていたけど、人が管理するには大きすぎる砂上の楼閣だった
この映画が東電のプロパガンダだとは思わない
だけどこの映画を作るにはタイミングがやや早かった
なぜなら東電の禊ぎははれていない
仮に「東電が倒産しててかつてあった大会社という状況かつ福島が完全に復興した状態」ならば話は別だけど、この"現場に焦点をあてたストーリー"も、未だに被災の影響を受けている人達の現実を前にしたら、今やるか?って気持ちになる…
組織としての東電は被害者ではないし、原発事故は天災ではない
命がけで対応した現場の人達のその責任感と勇気は称賛したいし忘れないけれど、この映画は福島復興の追風になるのだろうか?
ラストシーンの桜は殊更に綺麗でした
(*^ω^*)
未曾有
戦慄する。
なんの助走もなし、いきなり押し寄せる津波から本編は始まる。
何年も経ってはいるが、あの時に感じた揺れと恐怖は、今も鮮明に思い出せるようだ。
観客というまるで外野な立場なのに、映画館から逃げ出そうかと思った。
時系列がほぼストレートで分かりやすい。
何が起こりどうなったか、それによって次に何が起こっていくのか。
それを防ぐ為にどおしたか、それは有効であったのか、次の一手はなんなのか。
当時はニュースで連日報道されてた。
おそらくならば分かりやすく詳細に伝えてくれてたとは思うのだけど…ちょっとその報道の仕方に疑問も持った。
素人には分からないのだ。
今のコロナの報道のされ方と似てる。
事実を報道しコメンテーターが感想なりなんなりを述べる。素人目線のコメントはそのまま大衆側の意見なのかもしれないが、それは予期せぬ同調を拡大していき扇動に匹敵もする。
…報道の体質って変わらないのだなぁと変なとこに落胆する。
ただ、東北大震災がもたらした福島原発での災害はとんでもない規模の事故であり、日本という国が無くなる一歩手前までいってたんだと震え上がった。
そんな規模の事故だった割には冷静であったようにも思えたので、報道番組の報道姿勢は的外れでもなかったのかなぁとも思う。
建屋内は壮絶だった。
冒頭の津波など霞む程の出来事が次々に起こる。何度も瀬戸際まで追い詰められる。常に崖っぷちだ。
ドラマだから脚色はあるとは思う。だけども当時の記憶が残ってる。
確かに爆発した。
何度も余震を感じた。
連日の報道内容が思い出される。
…あれに近しい事は起こってたんじゃないのか?現場の人間が命がけで止め続けてたんじゃないのか?破滅に傾く天秤を命を重しに堪えていたんじゃないのか?
ホントに感謝しかない。
ベントを人力でやるなんて、海外からしたら「神風スピリット」とか揶揄されるんじゃなかろうか?それともクレイジーだと非難されるのだろうか?
…それでもなんでも、僕らは生きてる。
現在の東京はコロナウィルスの脅威に晒されながらも消滅はしていない。
メルトダウンによる核融合炉の爆破が起こったら半径250kmに死の灰が降り注ぐ。
チェルノブイリの10倍らしい。
背筋が凍る。
それを彼らは防いだ。
所員を守り、その延長線上にあるものを守った。それは国かもしれないし、それ以後に生まれてくる生命かもしれない。
今年、娘に子供が出来た。女の子だ。
俺の孫だ。
あの原発事故が最悪の結果であったならば、俺は孫に会えてないかもしれないし、孫も生まれては来なかったかもしれない。
どっちに転んでもおかしくない状況で、その瀬戸際までいってた。
僕らは助けてもらったのだ。
それに比べて政府の無能な事…。
まあ、このあたりは現政権とは別の政党の時代だったので妙なプロパガンダが含まれてないとも限らない。
ただ、そう大差はないだろうと思う。
見下してる。へつらってる。現場の経験値を信用してない、託せない。
政治家なんて誰も大差などないだろう。
本社の人間が履き違えてる危機感とか、ある意味人災だったのかと思える節もあったりで、孤軍奮闘の現場に同情した。
彼らはまごう事なき英雄でありながら、悲壮感が漂うところにリアリティを感じてしまう。
アメリカのようにヒロイックなものでは決してなく、揺れもするし、関西人特有のユーモアまで持ち合わせてる。
日本人らしい造詣に好感がもてた。
ただ、好みだとは思うけどBGMは余計だったと思う。感動を促して欲しくはなかった。
戦いの記録で良かったんじゃないかと思う。
架空の人物の目線で語られた物語ではなく、実際に未曾有の二次災害を食い止め、命をかけて抗った人達の物語だったのだから。
この映画が作られて良かった。
2度と起こらない事を祈るとともに、今も尚、現場で戦っている人達へエールを送りたい。そして彼らが繋いでくれた生命を後世に繋いでいく事で、彼らに報いたい。
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