「副大統領の陰謀」バイス 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
副大統領の陰謀
ジョージ・W・ブッシュ政権時に副大統領を務めた
ディック・チェイニーが、実は大統領以上に強大な
権力を振るう“影の大統領”として暗躍し、挙げ句
イラク戦争を勃発させたりISISを台頭させたりして
世界をシッチャカメッチャカにした……という、
嘘か真か、トンでもない内容の政治ドラマが登場。
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毎度ながら驚かされるのは、チェイニーを
演じたクリスチャン・ベールの変貌ぶり!
今回もまた若きデ・ニーロばりのイカれた役作りで
臨み、かつて筋骨隆々のバットマンだったはずが
マイケル・ケイン版アルフレッドみたいな風貌に……。
外見だけでなく話し方や立ち振舞いもまるで別人!
あれはもうクリスチャン・ベールじゃない、
クリスチャン・ベールですよ!(錯乱)
ディック以上に肝の据わった論説で夫をのしあがらせる
妻のエイミー・アダムス、冷徹かつ打算尽くしの政治論
をお下品な言動に乗せて連発するスティーヴ・カレル
など、脇を固める役者も芸達者揃いで楽しい楽しい。
ナオミ・ワッツやアルフレッド・モリーナなどの
大物が何の前触れもなくスッと現れるのにもニヤリ。
セリフにも演出にも人を食ったユーモアがポンポンと
放り込まれていて、思わず笑ってしまうシーンは多い。
副大統領になる決心を固めるシーンをシェイクスピア風
の文学的比喩ゼリフまみれ(雷鳴付き)で演出したり、
高級レストランで法律を自分達に美味しく料理して
もらったり、苦笑いが浮かんでしまうシーン満載。
“最初の”エンドロールが流れ出した瞬間には
思わず吹き出しそうになってしまった。
まあ、あそこで本当に終わってくれてたら世の中
もう少し平和だったのかもしれないけどねえ……。
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冴えない大統領に言葉巧みに取り入り(釣りに例えた
所は笑えるし秀逸)、自分の都合の良いように法を
拡大解釈して副大統領の権限を濫用、自分と意見の
合うメンツばかりに権力を与え、己の信じる正義を
遂行せんと、周囲に議論の余地も与えず突っ走る――。
いやはや、アメリカのみならず国内外の何億もの人々
の命を左右するような強大な権力を、たった独りの
主観に基づいて振るうだなんて恐ろしい話も無い。
その権力を振るうのが『自国のためなら証拠をでっち
上げてでも敵国を潰して資源を奪っても構わない』
という行き過ぎた愛国心の持ち主ならば尚更だ。
チェイニー自身も危険だが――
この映画は、彼のような人間が好き勝手に振舞うこと
に歯止めを掛けられなかった周りの人間やシステム
そのものも同じくらいに危険だと訴えている気がする。
そもそも自分で何も考えられないようなリーダーが
選挙で選ばれ、くわえて誰か1人あるいは一部に
権限が集中するような曖昧な解釈のできてしまう
システムだったからこそこんな事態になった訳で。
ま、逆に決定力が無くて大事な事を何も決められない
というのも困りものなので、その辺のバランス取りが
難しい所とも思うのだけれど。
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一方で本作は、チェイニーを単なる権威主義の
ド悪党のように描いている訳でもない。
彼は事あるごとに「家族を守る」「国を守る」と
口にしていた。何が国益につながり、祖国を強く
するのかを常に意識していた。彼のやり方自体には
僕は全く賛同できないが、国や家族にかける彼の
その想い自体は割とまっとうなものだったと思う。
レズビアンだった次女を反保守派の攻撃から守ろう
として政治の表舞台に立つことを避けるようになった
というのも、彼が「家族を守る」という点では
まっとうな人間だったからだと思う。
(終盤では長女と次女の人生を天秤にかける
ような真似をしてしまった訳だけれども。)
チェイニーのような価値観を含めて、様々な立場の
人間が議論して、お互いの妥協点を見出だしながら
策をまとめていくのが政(まつりごと)というもの
の有るべき姿だと、個人的には思うのだけどねえ。
意見が一方に偏るのがいっとう怖い。
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不満点。
愛する妻の為にいっぱしの人間になろうと奮起した
とはいえ、成績イマイチだった電気工の彼がなぜ
政界入りを果たせたのか、また、なぜあそこまで
強大な権力を持つことにこだわる人間になったのか
といった、彼の起源や動機に近い部分について
あまり描写されなかった点は残念な点ではある。
そこもけっこう興味を引かれる部分ではあるので。
あと語り部の正体についても、あれだけ引っ張って
心臓の気持ちの代弁と言われても、「なるほど!」
と得心の行くような展開ではなかったかな。死人の
気持ちを勝手に代弁してる感じになっちゃってるし、
単に観客の興味を引く以上の意味は無かった気がする。
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だけど、総じて非常に楽しめ、考えさせられました。
監督の前作『マネーショート/華麗なる大逆転』は
経済破綻の裏事情という頭の痛くなりそうな題材を
ユーモアたっぷりに切り捌いた作品だったが、
はたして今回も、政治という複雑で地味になりそうな
題材を、皮肉と笑いを散りばめ軽妙に描いていて見事。
それに今回はそこまで専門的な知識がなくてもついて
いけたし、群像劇のような作りだった前作に対して
今回はチェイニーという“キャラクター”を描くことに
集中した作りなので、そこも含めて観易かった印象。
大満足の4.0判定です。
<2019.04.05鑑賞>
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余談:
エンドロール後の映像で苦笑い。
ウルトラ能天気なセリフで映画は終わっちゃう
が、政治に無関心な若者が多いのは確かですよね。
県議選には行きましたか、皆さん?
近頃めっきり「誰に入れたって世の中良くならない」
という諦念に駆られてる僕も、一応は行きましたよ。
この映画みたいに、自分の預り知らないうちに
自分や自分の周りの生活を無茶苦茶にされてる
だなんてのは真っ平だもの。