LORO 欲望のイタリアのレビュー・感想・評価
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ソレンティーノ映画は、饗宴のあとに漂う人生の静けさが見どころ
ソレンティーノ映画は「饗宴」という言葉が似合う。溢れる音楽と、終わらない祝祭。惜しげなくさらされる女性たちの肢体。が、どんなパーティも盛りを過ぎると、あとは陰りに向かって突き進むのみ。ソレンティーノは「祭りの後の寂しさ」を主人公の人生に重ね合わせ、永遠に続くかと思われていた栄華が一瞬の煌めきでしかないことを、大きなうねりのようなタッチでダイナミックに浮き彫りにする。その豪腕さが面白い。
悪名高きベルルスコーニをメインに据えた本作でもその趣向は健在だ。肝心の主人公がなかなか姿を現さないというトリッキーな構成に多少面食らいながらも、この男の怪物性は観客の期待を裏切らない。ただ政治劇があまりに早く移ろうので、初見では筋書きを掴みにくいきらいもある。その分、終盤の展開がかなり意外で見入ってしまった。恐らくソレンティーノが真に描きたかったのは、映画が一転して静謐さに包まれるこの部分だったのだろう。
最高の政治家とは、国民にとって最高のセールスマンなんじゃ。
いや、気のせいじゃ無く、最近あまりイタリア映画を見てない。
LOROの意味は、ここでは「They」だと解釈。つまりは、悪名高きベルルスコーニと、その周辺の人々を風刺的に描いた社会派ドラマな訳で。セックシーだけど不思議と全然エロくない美女達の扇情的なダンスを強調する予告に、騙された!って思うくらいに、途中の「人間ドラマ」はイタリア的です。
女とクスリを武器に、野心を持ってベルルスコーニに取り入る事を画策するセルジョ・モッラ。彼の策略の描写が「エロくないセクシー」パート。あ。エロくないと感じるのは、あくまでも俺の感性であって、見る人によってはエロエロかも知れませんから。オパーイをドヤ顔で晒されても、俺、全然嬉しくないんで。ちょっと脱線しましたが、ド派手なセクシーパートを過ぎると、妻ベロニカの愛を取り戻したいベルルスコーニのパートに入ります。このパートから、政治家としての原点であるセールスマンとしての自分自身の才覚に翳りが無い事を確認しようとするパートなどは、映画として見どころあります。ソレンティーノの本領発揮です。トニ・セルビッロの演技に圧倒されます。
最高のセールスマンの能力を最大限に発揮し、左翼陣営から6人を寝返りさせたベルルスコーニは議会での優位を逆転させ、首相の座に返り咲きます。まぁ、このくだりはグッダグダのエロおやじ振り全開。下衆下衆下衆っぷりを十分に描き切ってます。
情に脆い一面もあったと言われるベルルスコーニの姿も描かれてたりします。政治家としての才覚はさておき、思い切った大胆な施策を断行する度胸はあったベルルスコーニへの一定のリスペクトも感じられるとこは、実は、結構好き。
ラストは、地震(時期的にはラクイラ地震?)で半壊した教会からイエス像を救出した後、地面に疲弊した表情で座り込む消防隊員(?)の姿を、無言で映し出して終わります。良い事も悪いことも、たくさんあったベルルスコーニによる4次に亘る政権により国民は疲弊しきっている、って事なんかなぁ。なんて思いながら。
思った以上に良かった。
ちなみに、ベルルスコーニとACミランについて蛇足ながら補足。1986年にクラブを買収して会長の座についたベルルスコーニは、豊富な資金力で2チーム分の戦力を揃え、タイトなスケジュールを戦力ダウンせずに戦う「ターンオーバー制」を導入。同時に、伝説となったオランダトリオを補強し、翌'87-'88シーズンで、当時世界一のリーグと言われていたSERIE-Aを、僅か2敗で制します。セリエA3連覇、UEFAチャンピオンズリーグ5度の優勝は、ベルルスコーニの手腕によるところもあると言わざるを得ません。尚、彼は2017年4月に、ACミランを中国企業のコンソーシアムに売却しています。
イタリア映画の呪縛
イタリア政界そのものに興味もなく、さらにベルルスコーニにも興味がなく。故にイタリア人向けに前提要件は熟知しているとの想定で作られた作品については「ついていけない」。しかも長い。多分にLa Dolce Vitaを意識しているのだろうし、そのあたりの目配せにも映画評論家たちは分析することが予測される。フェリーニという<呪縛>がイタリア映画にはあるからね。La grande bellezzaで詩的で官能的な映像を担当したルカ・ビガッツィが本作も撮影。
我が国でも同じ
政治が国民の為にあるだなんて、誰もが嘘だって分かりきってますが、こんなに酒池肉林だとはね。多分、本当の事だと思いますよ。我が国の桜を見る会の招待者も何かで見ましたが、アイドルやヤクザものばっかりでした。権力者は、下品なのが好きなんですかね。パオロ・ソレンティーノのフィルムが美しいから、人間の醜さが余計に際立ってみえました。
ベルルスコーニの欲望をデフォルメした傑作
世界有数の資産家でありイタリアの首相をも務めたシルヴィオ・ベルルスコーニ。老いてもなお盛んだったが、彼に群がる美女たちに愛はなかった。彼の果しない不実が本当に大切なものを奪っていった。
ある意味狂気。常人ではないベルルスコーニをトニ・セルビッロが怪演した。今回は説得力のある歌唱も聴き逃せない。てか、感動した。
「グレート・ビューティー 追憶のローマ」や「グランドフィナーレ」にあったストレートな感動はここにはない。むしろこの作品に、そしてベルルスコーニに嫌悪感を覚える方も多いと思う。そこがパオロ・ソレンティーノ監督の狙いであり、作家魂なのだろうが。
70歳のベルルスコーニに20歳の女の子が本音を伝えるシーンは残酷だ。金で買えないものがあった。
そして大地震後の復旧作業を淡々ととらえたエンディングが作品の色彩を一気に変えた。これがベルルスコーニとイタリア国民との距離を際立たせた。
ずっと女性の裸
個人的にはつまらなくて眠かった。
スキャンダル政治家として知られるイタリアの元首相シルビオ・ベルルスコーニをモデルに描いたドラマなんだけど。
彼が、一度失墜して、再び政権を取り戻す『バイス』的な政治の裏側にある悪事を描いた映画かと思って観に行ったのが間違い。
シルビオに取り入りたい、周りの連中の描写が延々と。
特に、前半は青年実業家で、賄賂とドラッグと女で成り上がるセルジョの話だったため、ずっと合成麻薬MDMA漬けの男女混合集団乱交パーティシーンがほとんど。
ずっと女の裸、おっぱいだらけ。
これだけ金や女に人脈と、手を尽くしても、「シルビオには近づけない」という表現なのだろうけれども。
後半は、シルビオのマフィアとの繋がりや、上院議員を寝返らせるための賄賂など、期待した内容の表現も少しあったものの、浮気して若い女を囲ったのがばれて怒る奥さんへ、愛の歌を叫ぶシーンばかり。
政治家らしい動きは、地震被災した地域を視察して、国が住宅を補償する約束を実行したところくらいか。
こういう作りがイタリアでは受けるのかな?
楽しくラテン系です
イタリアの元首相ベルルスコーニの一時期を描いた映画です。とにかく全編イタリア美女達がたくさん出てくるパーティシーンでセクシーショット満載です。日本の政治家では考えられない感じですが、さすが欧州のメディア王でイタリア政界のトップまでつとめたスキャンダラスの王様です。ストーリー的にはいろいろわからない部分や未消化な部分もありますが、そういう映画なんで楽しく観ました。米国プレイボーイ誌を創刊したヒューヘフナー氏を彷彿させるシーン満載で良かったです。
長い!なんだかわからん。すまんが、評価は低い。
2006年、因縁の政敵であるロマーノ・プローディに敗北したベルルスコーニが、首相に返り咲くべく、虎視眈々とそのタイミングを狙っている様を描いた作品。
うーん?????
美女を侍らすシーンは、めっちゃ多いんだけど、なんだんだ?????この映画は??????
同じように思った人が多いのか、途中で出て行った人複数。
前半一時間半くらいは、無くてもいいんじゃないだろうか?
大変申し訳ないけど、私の評価は低いです。
面白かった!
主役のトニ、その妻のエレナがとにかく素晴らしかった。二人の最後の喧嘩の場面、言葉が命の役者のぶつかり合いがキラキラしていて本当にかっこよかった。のし上がってやる!役のリッカルドのギラギラ感も良かった。
トニ・セルヴィッロが歌うんだ~と結構感動した。また一人二役場面は、サプライズのオマケみたいで嬉しかった!
グレート・ビューティーでもそうだったが、トニ・セルヴィッロの出し方がソレンティーノ監督はすごく上手いと思った。観客をじらしてじらして、そして「ほら!」と笑顔のトニが登場する。これだけで、カタルシス!
地震で被害を受けると、日本では体育館などでの雑魚寝がいまだに普通だが、イタリアでは家族ごとに、プライバシーが担保されベッドで眠れてもちろん屋根も壁もある仮設の個別空間がすぐに用意されることを新聞で読んだばかりだった。そのことがまさにこの映画でわかった。イタリアから学べること、沢山ある!
ベルルスコーニは単なる“寿司のネタ”
冒頭で、事実を描く意図はない、というテロップが出るが、それどころではない。少なくとも“イタリア政治”とは、ほとんど関係がない。
極論すれば、監督が最も描きたかったのは、ベルルスコーニを“素材”として利用して描く、現代の“スタイリッシュな酒池肉林”の世界だろう。
自分は「ベルルスコーニの映画」を期待して観たので、“茫然自失”の大失敗であった。
評価点は、ひとえに観客が何を期待し、どこを楽しむかで決まるはず。
「多数の美女を使った、エロティックでゴージャスな映像が見たい人」にとっては、「4」以上だろう。
「老いて、身の回りが寂しくなったベルルスコーニの茶化された姿を楽しみたい人」は「3」かもしれない。
一方、「実在のベルルスコーニという人物を知りたい人」には、「2」以下ではないか。
というわけで、イタリア美女をたっぷり150分間も楽しめたので、自分は謹んで「1.5」という評価点を贈らせていただく。
よく分からなかった
コメディでもなく、政治メッセージでもなく、ドキュメンタリーでもなく、エロいわけでもない。
あのおじさんは軽口が多かったので、コメディネタは沢山あるだろうし、それにセクシーな内容と、政治、恋愛話を創造すれば、おもしろくなると思う。
日本人は、イタリアの政治やスキャンダル話に疎いから理解できないのかもしれない。
全国放映されない意味が分かりました。
イタリアの現代社会・政治が分からない、自分には難しい映画でした。そもそもの動機がクリスチャン・ベールの「チェイニー」、ゲイリー・オールドマンの「チャーチル」がとても良かったので、今度は「ベルルスコーニ」かと期待していたぶん、その落差が大きかったです。
ベルルスコーニ元首相の女性スキャンダルや数々の失言、大企業の経営者としての辣腕や黒い噂などを皮肉を込めて製作された映画と思って観てみたものの、それぞれが細切れで一部分しか映像となっていませんでした。したがって、イタリアンジョーク?や、それぞれの人間関係(いつも後ろにいた白服の細いお爺さんはだれ?)について終始置いてけぼりをされてしまいました。
しかし決して悪い映画では無いです。あのベルルスコーニの作り笑顔は夢で出てきそうなほど、不気味で雰囲気がありました。また、きれいな女性がたくさん出てきます。なので途中で諦めて、セクシー系の芸術作品として観ていました。
日本人にはなかなか難解、イタリアの人には分かるんだろう
数々のスキャンダルで知られるイタリアの元首相シルヴィオ・ベルルスコーニをモデルにした作品をイタリアの異色監督パオロ・ソレンティーノが撮り上げた作品になるのですが・・・・
正直、2時間30分の作品で、内容があるようでないです。
まず、シルヴィオ・ベルルスコーニを知るイタリアの人なら十分に楽しめるのかもしれませんが、シルヴィオ・ベルルスコーニ像を知らない日本人にとって、本作品をどういう形でとっていいのか正直困難かもね。
パオロ・ソレンティーノ監督が好きな人には、内容と言うより、そのシーンそのシーンを楽しんでいれば良いと思う。
正直、私のようなあまり知識のない人間には、本作品の内容や意味が伝わらないというか、掴めなかった・・・・・
シーンが変わる事で、独特の感性は素晴らしいと思いますが、やはり映画は内容を掴んでひとつの評価が出来るかな・・・・
正直、私から言えば、長いだけだった・・・・
nig〇ers, ki〇es, wo〇s or greas〇rs 〇ばっかりで意味不明か?
オープニング・クレジットが始まる中、映画の制作者としての資質が一目で分かってしまうテロップがながれる。
This film stems from its authors' independent and free imagination;
any reference to real people or events is wholly artistic
and makes no claim to represent an objective truth.
The authors took inspiration..........(残りは書く必要がない。全て略。)
この言い訳がましいことでベルルスコーニ元首相の耽美的でわいせつ観のない映像を作りあげようとしたおとぎ話的なストーリーは、失敗に終わっている。
ただ言えるのは、彼の半生を映画化しているのではなく、ごく限られて限定的な一面しか敢えてシナリオ化をしていないことが、ありきたりな映画でもっと突っ込んだ幼児性愛者であり、幼児同性愛者として、物語に拍車を掛ければ見ていても面白い内容になったのに....? 中途半端すぎる演出は、始めのテロップと同じ言い訳がましってるじゃねえ~ッよ! ってか? なぜこんなことを書くかってかい? psychology todayのある記事によると性的志向がストレートと思っている人の多くが、今や同性愛者の要素があり、最終的には、最後に愛するのは、同性愛という事に行きつくと昔?見たことがある。
典型的なW〇PSの代表の1人をくさすようなシーンの連続と思いきや、この映画はアンチテーゼとして成立していて、ハードルの高いイタリア人の精神構造を理解できない者にとっては、宣伝効果抜群の誉め言葉となっている。しかも映画評論家とされる方たちからは、絶賛の声も聞こえる。例えば「LORO は、より成熟したアーティストの作品のように感じる。」「LORO は私に汚さを感じさせ、再び見ることを待つことができない。」なんてね。知らんけど。
一定の知識や理解がないと難しい
イタリア文化会館にて試写会鑑賞。
率直な感想退屈だった。作品が悪いというより、ベルルスコーニ元首相のことはもちろんのこと、一定のイタリア文化も理解してないと楽しめない気がする。
作品内でのイタリアンジョークなんかも、ハリウッドとはやはりちょっと違うしね。
ストーリーもいうほど性的な欲望にまみれたというほどの描写には見えなかった。
もちろん終始、女性が全裸や半裸に近い姿での登場が多く、性描写を匂わすシーンは多かったが、そこから発展する事がなく何を描きたい、伝えたいのかわからなかった。
なんでも欲望は叶えることができるが故に欲深くなり、しかし肝心な大切な人を失い、その欲は満たされなかったってのは最後に描かれてたが、この作品内だけでいえばベルルスコーニ元首相がそこまで悪く描かれていない為、なぜ奥さんは突然離れたのかもイマイチわからず感情移入がしにくい。
その点含め、作品が悪いというより一定のイタリア文化やイタリア事情の知識がないと楽しめないのかなと感じた。少なくともベルルスコーニ元首相の事は理解したうえで見る必要があるね。
余談になるが作品の半分以上が女性が全裸や半裸に近い姿で登場する事が多く、女性という存在自体を性として描かれていた。昨今のハリウッドでは中々見られない描写ではないか。その点ではイタリアらしいというか、貴重なのかなとも思う。
濃ゆい
東京国際映画祭にて。
濃ゆい...。元々2つの映画を映画祭用に編集したようで長いのは勿論、中々のコッテコテぶりである。
皆きっと名前は知っている、イタリアの元首相ベルルスコーニの映画。ベルルスコーニが濃ゆい。しかもなんというか...切れ者の子どもっていうか...どことなく笑えてしまう。劇場からは爆笑も聞こえました。いやあそこまでじゃなかったけど...まあ、滑稽ではある。
最初ベルルスコーニが出てこなくて、野心家だけど明らかに怪しい男の話がベルルスコーニに近づこうとする、というところから始まるんだが、もうその辺も何というか典型的な頽廃の香りがしてしまう描写だった。その部分は正直少し退屈だったが、ベルルスコーニ出てきてからは俄然面白くなった。あの男がえらく中途半端な出方で...なんかもっと描けば良かったのではとも思うが、編集の可能性もある。
こういう映画は予備知識が豊富にあった方がきっと面白い。少し勉強が足りなかった。反省。
こってり描写を堪能しました。
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