劇場公開日 2019年12月27日

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「古いシャンソンのような映画」男はつらいよ お帰り 寅さん 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0古いシャンソンのような映画

2020年1月11日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

幸せ

 古いシャンソンのような映画である。古いシャンソンという言葉で思い出すのは、石黒ケイが歌った「ひとり暮らしのワルツ」だ。元の曲はイタリアの民謡だそうで、五木寛之が歌詞をつけた。各番が次の一節で結ばれる。

 そうよ人生は古いシャンソン
 女と男の恋のルフラン

 ルフランは英語のリフレインで、繰り返しの意味だ。寅さんは旅先で出逢った様々な美女と何度も何度も恋をするが、悉くフラレてしまう。
 その歴代マドンナがフラッシュバックで登場するシーンが沢山あり、僅かな時間のひとつひとつに懐かしい感動がある。新珠三千代、栗原小巻、若尾文子、池内淳子、八千草薫、岸惠子、十朱幸代、太地喜和子、大原麗子、香川京子など、往年の名女優が登場すると、一瞬で涙腺が緩むのだ。
 松坂慶子のうなじには尋常ではない艶っぽさがあり、階段を駆け下りる田中裕子は爽やかな色気を発散し、微笑む吉永小百合は永遠の可愛らしさを感じさせる。どの女優も素晴らしい。山田洋次監督は「たそがれ清兵衛」で宮沢りえの美しさを究極まで引き出したように、女優の美しさを引き出す天才だ。
 そしてこんな美人さんたちに、寅さんは何故かモテる。率直だがシャイな人情家のところがいいのか、小うるさいが思いやり深いところがいいのか、それとも他の何かがいいのか、よく解らない。兎に角、寅さんというキャラクターを生み出したとき、製作者は有頂天になったに違いない。寅さんの恋をリフレインすれば無限にエピソードができるからだ。

 とはいえ、今回の主人公は満男である。結婚して娘が出来たが6年前に妻を亡くし、会社を辞めて作家になった満男だ。
 吉岡秀隆らしいこだわりの演技で、あまり映画やドラマで見かけない、一風変わった父親像を作り上げている。特に娘を「きみ」と呼ぶところがいい。娘の人格を尊重し、娘として愛するとともにひとりの人間としても愛するという奥の深い関係性になっている。
 娘のユリを演じた桜田ひよりの演技もよかった。パパ大好きの気持ちが素直に伝わるし、分別のつきはじめた年頃なりの喜びや悩みも上手に演じてみせた。もちろん年を経た後藤久美子もよかった。
 山田洋次監督らしく、大げさなストーリーや演出はないが、日常的なシーンの中にさりげない異化を挟むことで、そこかしこにテーマを散りばめる。観客は笑ったり泣いたりしながら、人生の深みを垣間見れるのだ。フラッシュバックのタイミングも含めて、とてもよくできた映画だと思う。寅さんシリーズを観ていなくても、この作品だけで十分に楽しめる。

耶馬英彦