「アートは告発する」ある画家の数奇な運命 琥珀糖さんの映画レビュー(感想・評価)
アートは告発する
ナチス政権が如何に若い芸術家の創作意欲を妨げて、
悪影響が大きかったかを描いた一方で
主人公クルトを通して数奇な運命に翻弄されたモデルとなった
世界的巨匠ゲルハルト・リヒターの若き日と、影響を与えた叔母、
恋人でのちに妻になるエリーそしてその父親ゼーバント。
その関係性を振り返り描いています。
見せ場は長い3時間10分の映画のラストの1時間。
クルトが義父ゼーバントを創作した絵で、彼を告発するシーン。
絵画が持つチカラをまざまざと見せつけるシーンでした。
生きている画家で最高額の26億円の値段を付けた世界有数の画家
ゲルハルト・リヒター(91歳で存命)の半生をモデルとした映画。
正直言って、この映画に描かれている事実がどこまでが真実で
誇張していて盛っているのか?
監督のフロリアン・ヘンケル・フォン
・ドナースマルク(善き人のためのソナタの監督)
監督の作品への意向は大きいだろうと思います。
ドイツ人でもないし現代美術界にも詳しくないので、
真偽の程は定かではありませんが。
でもこの映画の中で、クルトが義父の元ナチス親衛隊の医師で、
クルトの愛する叔母エリザベトをガス室で安楽死に追いやった男、
ゼーバント教授を彼のアートで告発するシーンは最大のハイライト、
心に強く訴えるシーンでした。
そのアートとは、
クルトの家族写真やゼーバントのナチス将校姿とコラージュした
写真の模写。
若く美しいエリザベトに抱かれて恍惚の表情を浮かべるクルトの
幼い日のスナップ。
妻のエリーはゼーバントの娘。
クルトの子供を妊娠した時父親ゼーバントは嘘を言って
中絶措置を施されている。
後にエリーは泣いて
「父はクルトの種をゼーバントの血に混ぜたくなくて、種を絶った」
「これからはあなたの作品が私たちの子供」
しかし流産を重ねた末、東ドイツから西に脱出したクルト夫妻は、
デュッセルドルフの美術学校で、素晴らしい指導者に出会うのでした。
東ドイツに生まれたクルトはナチス政権台頭のため、
絵画や芸術にまで社会主義リアリズムを押し付けられる。
自己を表現することを否定されたクルトは芸術の芽を摘み取られて、
道を見失っていた。
そんなクルトに強い影響を与えたのが、美術大学の教授フェルテン。
彼も第二次世界大戦の生き残りの戦闘気乗り。
トレードマークの帽子の下の頭は禿げて焼け爛れたケロイド。
ソフト帽は怪我を隠すためだった。
クルトの東ドイツでの苦労を、フェルテンは、
「君の瞳を見れば、してきた苦労が分かる」
と、理解を示し労い、
創作の素は「自己を表現すること」と教える。
そこからクルトの創作意欲は吹き返して、
半生を振り返った作品が初の個展の作品群になる。
クルトを愛してくれた叔母のエリザベトが精神科病院に収容され、
種を断たれる手術を施され、劣悪な遺伝を持つ者としてガス室に送られて、
安楽死をされた。
ナチスに反抗して職を追われて掃除人となった父親は首を吊って自殺した。
最愛の恋人エリーに授かった子供は実の父により中絶された。
様々な思いをクルトは過去の肖像写真や家族写真を模写して紗をかけ
クルトとエリザベトの聖母子像にゼーバントの顔を塗り込ませて、
ゼーバントを告発したのだ。
ここが山場だと思いました。
モデルのグルハルト・リヒターは本当に現存の画家・芸術家として
最高峰の巨匠。
1944年8月にアウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所で
囚人を隠し撮りしたとされる【ホロコースト】の写真を元にして描いた
4点の抽象画「ビルケナウ」シリーズも制作しています。
ナチスが如何に芸術家の自由を奪い制作意欲を削いだが?
クルトが自己を表現する芸術の原点にはナチス将校の蛮行があったこと。
安楽死された叔母エリザベトへの追悼・・・
クルトは言葉に出して告発しない・・・作品が語る。
芸術はピカソの「ゲルニカ」のように反戦をそして平和を訴えることが
可能なのだ。
この映画は自我と自由を尊重することが大事と訴える反戦映画。
そう思います。
コメント返信ありがとうございます。
小樽は行ったことないです。
似鳥美術館、検索してみます。
美術鑑賞も気力、体力がないと、なかなかできませんよね。
料金もだんだん上がってきて、2,000円超えが普通になってきてしまいました。
安いところもまだありますが、あまり上がらないで欲しい…(T_T)
リヒターは3回結婚してて、映画に出てくるのは最初の奥さんですが、この人に配慮して製作して欲しかったみたいです。
自分だけのことなら、それほど怒らなかったかもしれません。
西の大学教授のモデルの、ヨーゼフ・ボイスは、環境とアートの関係に踏み込んだ人です。
砂漠で墜落して、大火傷を負った時、原住民に助けられ、油(脂肪)を塗られ毛布にくるまれた体験から、脂肪とフェルトを作品に多く使っています。
機会があったら、ぜひ観てみてください。
ゲルハルト・リヒターの2005年の展覧会は、本物だと思います。
その時点でのいい作品がけっこう来ていたと記憶してます。
2022年の方は、最新作もあったし、過去作も網羅されて、ボリュームがありました。
映画でやってた、いったん写真を精密に写し取り、その後ぼやかす作品も、リヒターの出世作ですね。