女王陛下のお気に入りのレビュー・感想・評価
全293件中、261~280件目を表示
不条理なウサギのカゴに閉じ込められた王宮
映画マニアが大好物の"フォックス・サーチライト"作品。昨年は、「シェイプ・オブ・ウォーター」も「スリー・ビルボード」も"サーチライト"だった。今年も本作が、アカデミー賞最有力候補のひとつ(最多の10部門ノミネートしている!)。
ヨルゴス・ランティモス監督はよく、映画ライターたちに"鬼才"に分類される。自分の常識で測れない人を、容易に"鬼才"と紹介されるのは困る。結局、"鬼才監督"は何人もいて、無価値になってしまう。
ヨルゴス・ランティモス監督の作品は、いやらしいほど"不条理"で、けれど"知的なセンス"が溢れる。設定が常識的な観点からはズレている。登場人物はいたって真面目で、人間の本質的な反応をさらけ出す。だから、その滑稽さに自然と笑ってしまう。
またランティモス作品には、世界的に著名なトップ俳優たちが出演することを心から望んでいる。
「ロブスター」(2016)では、コリン・ファレルとレイチェル・ワイズが出演。「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」(2018)では、ニコール・キッドマンが出ていた。本作にはエマ・ストーンとニコラス・ホルトの出演が話題となった。
本作は、ランティモス作品にしては相当ハードルを下げているように感じる。今回は脚本にランティモス監督自身が絡んでいないのと、伝記モノというのが分かりやすい。またテーマが"女同士の嫉妬心"というのに理解しやすさがある。
歴史上の人物には"不条理"な人が多い。"英雄"や"功績を残した人"は、やはり常人とはズレていて、滑稽である。
18世紀の英国女王アン(オリビア・コールマン)と、彼女に使える2人の女官サラ(レイチェル・ワイズ)とアビゲイル(エマ・ストーン)の愛憎劇。アンが女王即位した1702年は、"生類憐みの令"の徳川綱吉将軍の江戸時代。アン女王は、イングランドとスコットランド両国を合併して、現在のイギリスの元となるグレートブリテン王国の最初の君主である。
スペインやフランスと戦争を繰り広げていた時代だが、実際はアン女王に仕えた女官サラ・ジェニングスが戦争を進言していた。そこにサラの従妹アビゲイル・メイシャムが現われ、アン女王の愛を勝ち取るため、狡猾な女性の争いが繰り広げられる。
やはりエマ・ストーンの華やかさと大衆的な魅力が出ている。賞レースも3人の女優の奪い合いとなる(もしくは、3人ともまとめて敬遠される)。
さて、オープニングの20世紀フォックス・ファンファーレが、"おやっ?"と思うほどちっちゃい。本編を見ると腑に落ちるのだが、どうやら"ウサギの鳴き声"で歌っている?
そして劇中にもウサギが出てくる。劇中でアン女王は17匹のウサギを飼っているが、これは6回の死産、6回の流産を含め生涯に17回妊娠したが、一人の子も成人しなかったという事実に基づいている。実際には当時のイギリスにウサギを飼う習慣はなかったという(ウサギは食用)。
ウサギは人間と同じく1年中発情しているというイメージから、多産・豊穣・性のシンボルとして選ばれる(バニーガールもそう)。また生命と復活の象徴からキリスト協会の復活祭"イースター"では、卵(イースターエッグ)を運ぶ、"イースターバニー"の名前で登場する。
王宮の中で外界を知らずに暮らす人々=カゴの中で飼われるウサギたち。ウサギを踏みつぶそうとするアビゲイルのシーンは自分自身への諧謔であり、エンディングへ向かって、"ウサギ"と"人間"が重なっていく。不条理な世界に閉じ込められた人々を描く、ランティモス監督のいつもの視点がここにある。
ちなみにアン女王の寵愛を失ったサラは、夫である初代マールバラ公ジョン・チャーチルの妻でサラ・チャーチル(Sarah Churchill)とも呼ばれる。そう、ウィンストン・チャーチルは子孫である。また直系の子孫にはダイアナ元王太子妃もいる。
アン女王と正反対に2男5女に恵まれ、その血統はウサギのごとく脈々とつながっていった。
(2019/2/15/TOHOシネマズ日比谷/ビスタ/字幕:松浦美奈)
風変わりに味付けされたイギリス版 " 大奥 !? "
戦時下の財政難を議論する絢爛豪華な王室で、全ての権力を有するはずの女王アンが最も不自由で孤独で惨めに描かれている。
すったもんだの愛憎劇の結果、アンの「 お気に入り(favourite)」を勝取ったアビゲイル(エマストーン)は、次第にアンに対する愛と忠誠心をないがしろにしてゆく。
目を患ったアンは、皮肉にもこれまで見えていなかったアビゲイルの本性を悟ってゆくが、最後の最後で自尊心に目覚めるラストシーンが印象的だった。
コメディータッチながら、時代を問わず人間の普遍的なテーマを描いた良作だと感じました。
ブラックとエロと人間臭さと。
生々しい女性の狂騒
吐き気
圧巻の演技に脱帽
権力って恐ろしい
アカデミー賞最多ノミネート
と言う言葉だけで、なんとなく観に行くと、人によっては、はい?ってなりそうな人を選ぶ映画
明白な白黒とか、起承転結とか、勧善懲悪とか、その手のものじゃないとって方はもやっとしてしまうかも
あと人間関係に疲れている時に観るのはオススメ出来ない映画
権力が絡むと、人の欲望はこうも面倒くさいものになっていくのかレベルのかなりのドロドロ劇が展開される
最初は、それほど狡猾に見えなかったアビゲイルも、後半には、最初から狡猾だったのかってなるし、どこまでが友情でどこまでが権力欲なのかなって思ってたサラも、後半には、やはり権力ありきなのかなってなる
そして結局、3人の誰の肩も持てなくなってくる
正直、今の気持ち的にこの手のドロドロを楽しく観る状態じゃなかったから、だんだん気持ちが落ちてきてしまった
ラストシーン、アビゲイルのウサギへの態度に気づいた女王を見たとき、何か展開が?と期待してしまったから、少し「はい?」ってなりかけたけど、エンドロール見ながら、これってそういうことよね。。。とあとから怖さがじわじわとくる
子供っぽかろうが、病に力を奪われていようが、権力のトップに君臨する女王であるアンをなめてはいけない
詰めが甘いぞ、アビゲイル
ブラックコメディ監督が描く、英国版“大奥”
女王陛下の奪い合い
女優の演技は見事だが?
イギリス版大奥と言っていい歴史映画。脚本、主演、助演女優
の演技は見事でなるほどアカデミー賞にノミネートされても
納得できる。どうすればアン王女に気にいられるか。レディサラと
アビゲイルの駆け引きは見応えがあったし、アン王女のように
権力を握った女王の苦悩も肌で感じ観て良かった。ただ、私は
3.5点にしたのは監督のこの映画で観客に伝えたい事がはっきりしないし、映画のようで海外ドラマシリーズっぽい内容である事、もう一つは
観た後の余韻がなく疲れやすい。私は映画を見るときは観た後の余韻を
重視しているがこの映画は残念ながら余韻がなかったのは残念。オリビアコールマン、エマストーン、レイチェルワイズの演技は見事です。
痛風は何を表すのか?
女の世界は怖い!!
疑う余地のない、2019年最高傑作のひとつです。
驚愕のラストでした。
どんでん返しとか、すべてがひっくり返る種明かしが待っているという訳ではありません。
女王とエマ・ストーンの表情の変化だけで語られる内容が、実に深く見る者の心に揺さぶりをかけてくるのです。余韻の残り方、引きずられ方が尋常でないので、エンドロールもあっという間に感じられました。
ひとことで言えば『こんなはずじゃなかった』3人の物語。
女王だって今は愚鈍な操り人形のように見えるけれど、子どもたちを失った悲しみ、自分の身体が思うようにならない苦しみ、決裁が欲しい時だけ擦り寄ってくる男ども、こんなものに囲まれていたら、子どもの頃からの信頼関係(つまり、レイチェル・ワイズ)に依存してしまうのも無理はない。しかも、それなりにうまく機能してるのですから。
なのになぜ、エマ・ストーンの詐術で簡単にレイチェル・ワイズとの信頼関係を疑ってしまったのか。人間はうまくいってるはずの安定した状態であっても(いや、安定しているからこそ退屈に感じてしまうことがある)新しい、しかも魅力的な刺激があったら、ついそちらになびいてしまうという困った性癖があります。長患いの痛みまで緩和してくれたら尚更です。
レイチェル・ワイズが宮殿を追われたあと、比較的執着心が薄く感じられましたが、一旦フリーになってみると、女王を心身とも支えてきたことや政治的判断を負うことの責任からの解放が意外に心地よいことに気付いたからだと思います。
もちろん、こういう人は一定の時間が経つとまた意欲が湧いてきて本気で復帰することを考えることになるのですが。
エマ・ストーンの野心はとても分かりやすく、前半はそのやり方の豪快さや大胆さに清々しささえ感じられて、殆どの人が応援したくなります。
ところが、後半になると知略や駆け引きとは言えない〝犯罪〟の領域にまで踏み込み、それまで応援していた人も、もうそれくらいにしようよ、と引き気味になります。
そして、成り上がりゲームのゴールに達してからは、大きな目標を失った人にありがちな、無目的でやや破滅的なばか騒ぎと気の緩み(女王陛下からの信頼を得るための繊細な目配りが疎かになり、油断した行動をとってしまう)が出てしまうのです。
三者三様の複雑な人間模様、人間の強さと弱さ(というより脆さといった方がしっくりくる)が、アカデミー賞級の演技力と演出であぶり出された質の高い作品だと思います。
3人ともが先行きに明るい展望を持てないこの終わり方、やはり衝撃のラストとしか言いようがありません。
エマ・ストーンの苦渋が、自分は周囲の人と信頼関係で繋がることができない人間であることを悟ったことの哀しみに拠るのだとしたらこれほど切ないことはないですね。
結末部分が・・・。
最後に至るまでは、なかなかの傑作だな、まるでシェークスピアの史劇のようだな、とかなり感心して観ていたのですが、最後の最後になって啞然としました。あれ、一体、なんなんでしょう。どういう意味なのでしょうか。会場内にはエルトン・ジョンの名曲「スカイライン・ピジョン」が鳴り響くのみ。もうボケボケです。勿論、映像もボケていますが、それよりもなによりも結果的に作品自体が画竜点睛を欠くものとなっています。一体、どうしたのでしょう。監督の演出、もうネタ切れだったのでしょうか。エネルギーが尽きたのでしょうか。時代考証、俳優の演技が素晴らしかっただけに、落胆の度合いはかなり大きなものがあります。
アカデミー賞の最優秀作品賞はちょっと厳しいでしょうね。
そこにあるものとは…
音楽・衣装も良い
全293件中、261~280件目を表示











