「不条理なウサギのカゴに閉じ込められた王宮」女王陛下のお気に入り Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
不条理なウサギのカゴに閉じ込められた王宮
映画マニアが大好物の"フォックス・サーチライト"作品。昨年は、「シェイプ・オブ・ウォーター」も「スリー・ビルボード」も"サーチライト"だった。今年も本作が、アカデミー賞最有力候補のひとつ(最多の10部門ノミネートしている!)。
ヨルゴス・ランティモス監督はよく、映画ライターたちに"鬼才"に分類される。自分の常識で測れない人を、容易に"鬼才"と紹介されるのは困る。結局、"鬼才監督"は何人もいて、無価値になってしまう。
ヨルゴス・ランティモス監督の作品は、いやらしいほど"不条理"で、けれど"知的なセンス"が溢れる。設定が常識的な観点からはズレている。登場人物はいたって真面目で、人間の本質的な反応をさらけ出す。だから、その滑稽さに自然と笑ってしまう。
またランティモス作品には、世界的に著名なトップ俳優たちが出演することを心から望んでいる。
「ロブスター」(2016)では、コリン・ファレルとレイチェル・ワイズが出演。「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」(2018)では、ニコール・キッドマンが出ていた。本作にはエマ・ストーンとニコラス・ホルトの出演が話題となった。
本作は、ランティモス作品にしては相当ハードルを下げているように感じる。今回は脚本にランティモス監督自身が絡んでいないのと、伝記モノというのが分かりやすい。またテーマが"女同士の嫉妬心"というのに理解しやすさがある。
歴史上の人物には"不条理"な人が多い。"英雄"や"功績を残した人"は、やはり常人とはズレていて、滑稽である。
18世紀の英国女王アン(オリビア・コールマン)と、彼女に使える2人の女官サラ(レイチェル・ワイズ)とアビゲイル(エマ・ストーン)の愛憎劇。アンが女王即位した1702年は、"生類憐みの令"の徳川綱吉将軍の江戸時代。アン女王は、イングランドとスコットランド両国を合併して、現在のイギリスの元となるグレートブリテン王国の最初の君主である。
スペインやフランスと戦争を繰り広げていた時代だが、実際はアン女王に仕えた女官サラ・ジェニングスが戦争を進言していた。そこにサラの従妹アビゲイル・メイシャムが現われ、アン女王の愛を勝ち取るため、狡猾な女性の争いが繰り広げられる。
やはりエマ・ストーンの華やかさと大衆的な魅力が出ている。賞レースも3人の女優の奪い合いとなる(もしくは、3人ともまとめて敬遠される)。
さて、オープニングの20世紀フォックス・ファンファーレが、"おやっ?"と思うほどちっちゃい。本編を見ると腑に落ちるのだが、どうやら"ウサギの鳴き声"で歌っている?
そして劇中にもウサギが出てくる。劇中でアン女王は17匹のウサギを飼っているが、これは6回の死産、6回の流産を含め生涯に17回妊娠したが、一人の子も成人しなかったという事実に基づいている。実際には当時のイギリスにウサギを飼う習慣はなかったという(ウサギは食用)。
ウサギは人間と同じく1年中発情しているというイメージから、多産・豊穣・性のシンボルとして選ばれる(バニーガールもそう)。また生命と復活の象徴からキリスト協会の復活祭"イースター"では、卵(イースターエッグ)を運ぶ、"イースターバニー"の名前で登場する。
王宮の中で外界を知らずに暮らす人々=カゴの中で飼われるウサギたち。ウサギを踏みつぶそうとするアビゲイルのシーンは自分自身への諧謔であり、エンディングへ向かって、"ウサギ"と"人間"が重なっていく。不条理な世界に閉じ込められた人々を描く、ランティモス監督のいつもの視点がここにある。
ちなみにアン女王の寵愛を失ったサラは、夫である初代マールバラ公ジョン・チャーチルの妻でサラ・チャーチル(Sarah Churchill)とも呼ばれる。そう、ウィンストン・チャーチルは子孫である。また直系の子孫にはダイアナ元王太子妃もいる。
アン女王と正反対に2男5女に恵まれ、その血統はウサギのごとく脈々とつながっていった。
(2019/2/15/TOHOシネマズ日比谷/ビスタ/字幕:松浦美奈)