「サスペンスドラマの一級品」アルキメデスの大戦 keithKHさんの映画レビュー(感想・評価)
サスペンスドラマの一級品
「これは、数学で戦争を止めようとした男の物語 天才数学者VS戦艦大和」という、深刻で大仰なキャッチコピーからは、壮大な戦争大河ロマンを想像してしまい、戦争を止めようと粉骨した男の、その反戦のための虚々実々のドラマという先入観を抱いてしまいます。
冒頭の「大和」沈没の、臨場感に満ちた迫力ある凄惨なVFX映像の長回しによって、観衆は一層その念を強めて本編に導かれます。
しかし本作は、帝国日本海軍に於ける、軍備方針の異同に基づく予算計画を巡る内部党争劇であり、本質的には戦争映画ではなく、二つの派による組織内抗争を、両派の理論面の天才技術者同士の対峙をクライマックスの頂点として描いたサスペンスドラマにして、一方の天才を主人公に据え、その視点で終始した舞台劇ともいえます。
従って、ドラマは会議室や執務室といった室内での会話や作業が主体で展開し、アクションもロマンスもなく視覚的なヤマ場が皆無で、原作の漫画ならともかく、映画館の大画面で見せるための映像化には、本来非常に高難度なストーリーです。
これを2時間10分に亘って、観衆を殆ど飽きさせることなくスクリーンに惹きつけ続けたのは、偏に山崎貴監督、及びスタッフ、特にカメラマンと編集者の力量と技量に依ります。
冒頭のVFXによって、いきなり観客の度肝を抜きハートを鷲掴みにしたこと、
単調になりがちな室内シーンは当然寄せが多くなりますが、人物を上手か下手かに置いて微妙に中央からずらした構図にして、観客を何となく居心地の悪い落ち着かない感覚にしたこと、
人物のショットはやや仰角気味が多く、画面に緊張感をみなぎらせていたこと、
カットを細かく小刻みに割っていくことで、テンポの良い小気味いい展開にしたこと、
平板な話に緊迫感を漂わせ、観客に手に汗握る感を強めさせるために、(常套手段ではあるが・・・)主人公の活動に厳しいタイムリミットを設けたこと、
これらの技法は実に見事です。
主人公である天才数学者・櫂 直(かい ただし)が無我夢中で取り組む白熱した作業プロセスは、使命感や義侠心というよりも、恰も数学の難題を解くことに陶酔する、いわば狂気に偏執した一人の人間ドラマとしての崇高さと、相手を見事に出し抜く痛快さに溢れており、観客はこれに魅了されるのだと思います。
クライマックスである方針決定会議での、両派による、時にエモーショナルに、時にロジカルに進める権謀術数の駆引きは、将にスリルに満ちたマキャヴェリズム同士の全面対決であり、愈々訪れる両派の技術者間の対峙は、天才マイスターの情熱と天才エンジニアの矜持が相争う最高の興奮を齎し、その後のカタルシスによってエクスタシーが最高潮に達します。
ただ、此処に至って、本作の真の主役は菅田将暉扮する櫂ではなく、彼に相対する田中泯扮する平山中将であり、平山中将の思惑と野望こそが本作に伏流する重く凄絶なテーマであることに気付かされます。
終始ワクワクドキドキさせつつ、最後に沈思熟考させる、上質の娯楽作品にして、上質の倫理的問題提起作品といえると思います。