マチルダ 禁断の恋 : 映画評論・批評
2018年12月4日更新
2018年12月8日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほかにてロードショー
帝政の理不尽に戦いを挑むマチルダは、まるでチュチュを纏ったファムファタール!
ロマノフ王朝第14代目にして最後のロシア皇帝、ニコライ2世と人気バレリーナ、マチルダの許されぬ恋を、現ロシア映画界が絢爛たるセットと衣装を総動員して描く。とにかく、ゴージャスな美術は目を疑うほどだ。例えば、緑に囲まれた皇帝一族の避暑地、エカテリーナ宮殿は本物がまるごと撮影に貸し出されているし、黄金に縁取りされた扉が眩しいサンクトペテルブルクの宮殿や、バレエの殿堂として栄えたボリショイ劇場やマリインスキー劇場の内部も、本物と見紛うほど精密に再現されている。皇族のデコルテやバレエのチュチュ(中に電球のようなものがいっぱい埋め込まれている)等、すべての衣装に要した生地は実に17トンに及び、そこから7000着の衣装が作られたとか。改めて、ロシア人の美意識には感服するばかりだ。
ところが、語られる物語自体はシャンデリアの下で展開するエロティックな不倫ドラマのような乗り。帝政時代に於いては、バレリーナは男性貴族たちにとってはセックスシンボル的な存在で、ある日、舞台で突発事故により胸をはだけたままフェッテを舞うマチルダに一目惚れしたニコライ2世は、いきなり楽屋に乱入して求愛。以来、2人は度々逢瀬を重ね、やがて、それは帝政の未来を考える上で懸念材料になる。
注目すべきは、マチルダを男性の愛と欲望と歴史に翻弄された悲劇のヒロインとして描いてない点。彼女はニコライ2世の父親アレクサンドル2世をもその魅力で一目で虜にし、自分を排除しようとする貴族社会やバレエ界を相手取り、無謀にも敢然と戦いを挑んでいくのだ。血筋によって人間が区別される帝政の理不尽を、王位継承者であるニコライ2世の愛を元手に覆そうとするそのアグレッシブな姿は、小気味よくて痛快。まるでチュチュを纏ったファムファタールのようだ。
クライマックスを彩る豪華絢爛なニコラス2世の結婚式と戴冠式の外では、式典を祝うために集まって来た民衆が、記念の品を奪い合って乱闘になるシーンが挿入されている。それは、明らかにやがて訪れるロシア革命を予感させるものだ。その後も、連邦崩壊、市場経済ヘの移行、そして、プーチン時代と、様々な時代と価値観の変化を体験してきたロシア人に対して、自由奔放に生き抜いたマチルダの物語は、彼らを鼓舞する力があるのではないか? 見終わってそんな感想を持った。
(清藤秀人)