劇場公開日 2019年6月28日

「ポスターのコピーはミスリードだが...しかし。」凪待ち 小心者さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0ポスターのコピーはミスリードだが...しかし。

2019年6月30日
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鑑賞方法:映画館

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これまで白石監督が作品を全て観てきた若松フリークとして、今作、「主演・香取慎吾」と聞いたときは、正直、不安しかなかった。あーついに、白石和彌も、人寄せをしなければならなくなったのか...と。

しかし、期待せずに観た今作は、間違いなく白石和彌の代表作となるであろう作品だった。かえって、裏切られたような気持ちさえ覚える。

この作品を語る上ではもう「香取慎吾」という名詞は使いたくないと思えるほど、彼は「木野本郁男」だったし、人たらしでろくでなしだった。
彼の周りに「血縁者」は1人も登場しない。それでもなぜか構わずにいられない人柄は、やはり「香取慎吾」が演じているからこそなのだろうか。

祭りのシーンは、スタッフに動きを見せてもらっただけの一発撮りだったそうだし、直前まで本当に隣の民家で楽しく飲んで、顔が赤いまま撮った夜のシーンもあるようだ。
監督がインタビューで、もろもろを瞬時に察知する能力が卓越していて、こんな人を仕事をしたのは初めてのことだったと話している。それこそが、SMAPとして30年間トップを走り続けてきた中で会得してきたものなのだろう。
若松組、白石組の中に、すっと溶け込んでいる香取に驚かされたのも事実。
あの体躯、背中から醸し出される郁男の「感触」が、じっとりと伝わってくる。

初日ということもあったのか、スクリーンは思いのほか老若男女で埋まっていたのだが、終演後、観客の誰もが無言のまま退場していく...そんな光景を初めて体験した。
誰もが郁男の中に、震災を、石巻を、そして自分の中の「何か」を投影させていたのだろう。

残念なのは、ポスターの香取慎吾の表情や、サスペンスを予想させるようなコピー。
それに惑わされることなく、ぜひ映画館で見て欲しい。「喪失と再生」、そのテーマが身に染みる良作だと言える。
ミスリードのはずのコピーは、エンドロールで引き立つ。映像をスクリーンで確認して欲しい。

なによりこの秀作が、関東近県でほとんど宣伝されていない事実に不条理を感じる。

小心者