凪待ち : インタビュー
香取慎吾が“ゼロ”から辿り着いた「凪待ち」 リリー・フランキー「“必然”だと思った」
“問題作”を世に送り続けている俊英・白石和彌監督。いま新作がもっとも気になる映画監督のひとりと言っても過言ではない彼が、新たにタッグを組んだのが香取慎吾だ。完全オリジナルで描かれた「凪待ち」。そこにはどんな重厚な物語が待っているのか――香取と白石組常連のリリー・フランキーが、作品を通して感じた互いの魅力を語り合った。(取材・文/磯部正和、写真/間庭裕基)
香取演じる木野本郁男は、日々を無為に過ごすギャンブル依存症の男。人生をやり直すために、恋人・亜弓(西田尚美)の故郷である石巻へ移り住み、人生の“再生”を試みるも、小さな綻びが積み重なり、なかなか思うようにいかない。
スクリーンに映し出される郁男は、これまでの明るく朗らかな香取のパブリックイメージとはかけ離れた、絶望をまとった男だ。その姿には「新境地」という安易な言葉が思い浮かぶが、香取は「そんなでもないんですけれどね」と笑う。
香取「子どものころからアイドルとして活動をしていたし、皆さんもそのイメージが強いのかな。でも僕としては、40代になってもらったひとつの役として、すんなり受け入れられたし、そこまで挑戦しようという意気込みでもなかったんです」。
20年以上前からラジオの構成作家と出演者という間柄で知人だったというリリーもまた、本作で香取が演じた役柄について、特別チャレンジングだとは思わなかったという。
リリー「もちろん、これまで見たことない役柄だなとは思いましたが、慎吾ちゃんがこういう役をやることへの違和感はさほどなかった。どんな役でも、自分に投影できるところを見つけられる。なんでもできる人ですからね」。
それでも、共演して香取の色気には圧倒されたというリリー。そこには香取のこれまでの人生経験が反映されているというのだ。
リリー「郁男から醸し出される色気って、慎吾ちゃんの人生が反映されていると思うんです。昔、小室哲哉さんが『キャリアは年数ではなく、場数』と話していたのですが、その意味では、慎吾ちゃんは半端ないですよね。誰も経験したことがないようなことを、嫌というほどやっているじゃないですか」。
リリーの話を聞いていた香取は「やっぱり……(色気は)ありますよね」とニヤリ。続けて「これまでは、子どもな慎吾ちゃんというイメージが強かったと思いますが、もう30代も終わって40代に入りましたからね。しかも、1年半前に人生の大きな決断をした40代って、やっぱりちょっとは色気があると思うんですよ」と冗談を話すような口調ながらも、「場数」を踏んできたことは素直に認める。
香取が口にした1年半前の大きな決断――。そのことがあったからこそ、本作と巡り合えた。「僕は新しい道を歩いていこうと決めたとき、ゼロになろうと思った。まったく何もないところから、もう一度始めてみようと前に進んだんです」。ゼロからの再スタート、当然のことながら最初は「まったく先が見えなかった」と心情を吐露する。
しかし“ゼロから”と言っても、場数を踏んで培ってきたものは体内に蓄積されている。表現者としての香取を放っておくわけがない。才能あるクリエイターが集まり「クソ野郎と美しき世界」という作品で、香取、稲垣吾郎、草なぎ剛は俳優として再スタートを切った。そして香取は次の一手で白石監督とタッグを組んだ。「このタイミングで白石監督とめぐり合えて、しかもリリーさんや吉澤健さんらとご一緒できたことは本当に大きかった」。
リリーも、人と人が出会う“タイミング”は人生を大きく左右するものだという。「慎吾ちゃんもクリエイターですが、タイミングってすごく大切なんですよ。キャリアを積んだ人が、フラットになってみようかと思ったときに、いま一番脂が乗っている白石監督と出会うんですから。こういうタイミングって、なかなか自分でどうにかなるものではない。その意味でもやっぱり“必然だな”と思いました」と持論を展開する。
香取に対して“色気”というキーワードが出たが、もうひとつリリーが感じていた資質が“肉体”だという。「近くで芝居をしていると、体温が変わるんです。シーンによって熱くなっているのか、ヒンヤリしているのか、感覚的に肉体を自在に扱える人なんです」。
こうしたリリーの指摘に対して香取も、思い当たる節があるという。「台本を読み込まないぶん、現場に入ってからセットやお芝居をする場所をしっかり見たいんです。例えばシーンのなかで、初めてテーブルを触るシーンがあるなら、本番まで触りたくないですし、逆に女性の共演者と接するときも、もし付き合いが長く、体の関係があるような間柄なら、マネージャーさんに断って、ハグをさせてもらったりします」と“肉体”で感じることを大切にしているようだ。
その香取の肉体的な芝居が存分に出ているのも本作の魅力だ。劇中、香取演じる郁男は、持て余した肉体を爆発的にスクリーンに叩きつけているように感じられる。リリーは「脚本を読んだときの印象の何倍も、慎吾ちゃんの肉体のすごさが見られます」と語ると、香取も「確かに日々血まみれでしたね。飛びかかって馬乗りになって殴って、殴られて……。映画の山場のようなシーンを撮った数時間後に、また殴り合いですからね」と笑う。
白石監督も香取の体の大きさを絶賛しており、その肉体を生かした、動きの大きなシーンが多くなっている。香取は「あまり自分の体のデカさって意識したことがなかったので、スクリーンに映えるというほめ言葉をいただけるのは嬉しいですね」と照れ笑いを浮かべていた。
「慎吾ちゃんの魅力がふんだんに詰まっている」と本作での香取の芝居を絶賛したリリー。ゼロからスタートする40代。以前は「嫌なことでも頑張らなければいけない」と思っていたというが、いまは「好きなことを突き詰めている人に憧れます」とリリーを羨望の眼差しで見つめる香取。年は違うが、互いに良いところに惹かれ、素直に称え合える関係性は、人と人とのつながりの理想形なのかもしれない。