「ここまで積み重ねてきたものを、全てぶち壊した名作」劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン omさんの映画レビュー(感想・評価)
ここまで積み重ねてきたものを、全てぶち壊した名作
確かに素晴らしい映像美を魅せる映画でした。しかし・・・
私は原作からテレビアニメ、OVAそして外伝まで全て視聴済みですが、その上で今回の劇場版はレビュータイトルの通り、予想外に酷いものだと感じました。
原作の世界観に加え、作画、音楽、声優とこれだけ素晴らしい素材が揃っていたのに、脚本や演出の不味さが全てをぶち壊しにした、と思います。特に気になったのは、ギルベルト少佐のキャラクター設定です。
本作品中での彼は、卑屈でネガティブ思考の情けない男性として描かれており、再会を望んで遥々会いに来たヴァイオレットを、酷い振る舞いで拒絶します。作品中盤以降、煮え切らない態度で延々と後ろ向きな言動を繰り返す少佐の様子は、ファンのひとりとして見るに堪えない演出でした。
最後は業を煮やしたディートフリートやホッジンズに無理やり背中を押され、ヴァイオレットからの手紙を読んで渋々彼女を受け入れますが、あれでは早晩、DV夫まっしぐらなのではないかと思いました。この劇場版は女性客の方々からも絶賛されているそうですが、女性目線で見て、あんな男の人はどう映っているのでしょうか。
この点に関して、監督の方は事前の舞台挨拶で「今回の少佐のキャラクター設定は観客の反発をかう可能性があるから、なるべくそうならないように注意して制作した」旨の発言をしたそうです。
見所のアピールをするならいざ知らず、なぜ公開前に自らフォローしなければならないようなキャラクター設定を容認したのか、また原作者の方はよく今回のキャラ改変に同意したものだな、と疑問や驚きばかりが募りました。
なお、念のため書かせて頂きますが・・・
原作での少佐は負傷が癒えた後に陸軍へ復帰し、昇進を重ねながらも敢えてヴァイオレットとは距離を置き、影からそっと彼女を見守ります。
その後、アニメのラストで描かれた列車襲撃事件の際、ヴァイオレットの危機を知って颯爽と現場に駆け付け、ふたりは感動の再会を果たすのです。
そして「もう何処にも行かないで、ずっと傍にいて欲しい」というヴァイオレットの切実な願いを聞き入れ、ふたりは互いの想いを確かめ合い・・・となります。
以上、長々と場違いな原作の説明を恐縮ですが、もうお分かり頂けたかと思います。今回の劇場版の少佐は、原作とは似ても似つかない、正反対のキャラクターに変えられているのです。
映像化に際して、原作に手を加えること自体はむしろ当然かとは思いますが、メインキャラをここまで弄るとはもう、原作に対する冒涜なのではないか、とまで考えてしまいました。
私自身、映画館で感動シーンの連続に涙する観客に囲まれながら『この鬱屈したおかしな様子のヘタレ帽子男は誰??』という疑問と不満が頭に渦巻き、途中から完全に醒めてしまいました。
これまで積み重ねられてきた『少佐の死に傷付きながらも、懸命に前を向いて生きて行く純心で健気な少女』というストーリーから一転、『変わり果てたダメ男を忘れられずに居る拗らせ少女』の物語に変わってしまったように感じられ、とても残念です。
実際には、復員兵が少佐のような精神状態に陥ることは十分あり得るのだろうとは思いますが、ファンタジー&ラブストーリーの世界観の下で、ヒロインの相手キャラをこれほど改悪する必要性がどこにあったのか、制作側の意図が理解出来ませんでした。
こんなことになる位なら、たとえベタな展開と言われようとも原作通りに、アニメの最終回で再会させて終わらせておいた方が、まだましだったのでは?
加えて言うなら、アニメでは一貫してギルベルト少佐の死を連想させる見事な脚本で通したにもかかわらず、あっさり『実は離島で生存していて、過去に色々とあったので拗らせ青年になっちゃってました・・・』では、いままでの感動は一体何だったのでしょうか?
ヴァイオレットが代筆を通して、あれだけの葛藤を経ながら成長を遂げていた間、少佐の方は足踏みどころか、うじうじしながら精神的に退化していたことになり、結果としてこの劇場版は『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』という作品自体の品位やレベルを一気に下げてしまった、と言わざるを得ない、と思いました。
絶賛の嵐を見ると、ファンとしてこのようなレビューをすることに躊躇いも有りますが、結論としてはやはり「さすが京都アニメーション!」という感想だけでは済まされない、失敗作だと思います。
もちろん、京都アニメーションを巡る事情は存じておりますし、それらを乗り越えて公開された本作品の意義も十分理解しますが、そうした事情と作品の出来映え自体とは、別物として捉えるべきかと思います。
大変言い辛いことですが、このアニメの映像化は外伝までで止めておくべきだった・・・というのが個人的な偽らざる本音です。m(__)m