「作画・音楽のレベルに全く見合わない脚本・演出」劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン Decision Scientistさんの映画レビュー(感想・評価)
作画・音楽のレベルに全く見合わない脚本・演出
京アニという器を心より尊敬し、深く愛しているがゆえの、最大限辛口のレビューです。
【テーマについて】
表現したいテーマはおそらく大きくは2つあって、
1つ目の「手紙の意義」というテーマについては、非常に雄弁に表現したと思う。
2つ目の「あいしてる」については、なんとも言えない。ラブ・ストーリーは古今東西ありふれすぎている中で、新たに何を表現できるかというのは、相当の難関だっただろう。ただ、個人的には、 TV と Extra Episode で、幼少期の欠落したカリカチュア的ヴァイオレットと戦後という背景設定上で丁寧に積み上げてきた 「あいしてる」とはなにか? というテーマからすると、クライマックス・シーン界隈はあまりに物足りない。
現時点では、私の中でのフィナーレは本作よりは Extra Episode である。 True さんが作詞されたアリア Letter に凝縮されたメッセージこそが現代的愛の到達点と個人的には思う。(歳とりすぎたかな)
【脚本・演出について】
全体的にはお涙頂戴、「京アニの本気」の作画と音楽に付加価値が集約してしまった印象がある。
まず脚本。 TV シリーズで世界中で最も評価が高いであろう 10話をきっかけとした狂言回しによって初見のお客さんにも設定を導入するのはスムースで良いと思った。しかし、あろうことか、パラレルに進行する2つの大きな話の一つでほぼ 10話の内容と同等の話を別キャラで再度ぶっこんできた。私は原作未読だが、ウェブや本サイトのレビューで拝見した情報によれば、原作では話が進んでいるようである。にも関わらず、アニメ・オリジナルの脚本を実質 TV シリーズのリピートにしてしまう感性が全く理解できない。脚本の吉田玲子氏は TV シリーズの構成もなさっているようだ。忙しい脚本家を劇場版のためだけに雇ったわけではなさそうである。なのに、この暴挙。 Wikipedia を見るとものすごい仕事量の相当のやり手脚本家さんのようなので、大して頭の良くないファンの皆さまに、省エネで過去のネタを使いまわして感動ポルノを提供してくれたって感じですかね。明らかに「制作・マネタイズのプロ」の仕事であり、脚本家本人が自分の脚本で本気で感動し、楽しむ というタイプのものづくりではまったくないと思う。京アニが超有能脚本家と仕事をするのはおそらく常道であり、私の愛する作品での賀東招二先生のかけがえのない活躍は永遠に残るだろう。本作については脚本家に文句を言えず忸怩たる思いをしているアニメーターの方々もたくさんいらっしゃるのではないだろうか? KA エスマ文庫を立ち上げた京アニである。脚本家との付き合い方も、本作を良い反面教師として、しっかりと構築してもらいたい。
演出についても、様々なシーンが不要と感じられたり、細かいツッコミどころが多いと感じた。
石立監督がまだお若いか、不幸な事件のせいで人員が圧倒的に不足していたか。
とりわけ、クライマックス・シーンの界隈は、上述のテーマの一つである手紙が意義を発揮する場面を際立たさせるべく人工的な設定、感動の押し売りが鼻につきすぎて、個人的には非常に興醒めだった。「さぶっ」って感じ。
他の方のレビューに「すすり泣く音のサラウンド」という表現にピッタリ、私の訪れた劇場・時間帯でも全く同様で、泣いていらっしゃる方が多かったように聞こえた。しかし、おそらく泣いていらっしゃる方々の多くも、無理やり泣かされた感覚を持っていらっしゃるのではないだろうか?
作画の「京アニの本気」は世界中に熱烈ファンだらけの本当に貴重な才能の労働集約的メディアだと思う。これに見合う脚本・演出も本気で復活を目指してほしい。
エンドロールに武本康弘さんの名前が出て、涙が出た。
武本監督作品の ふもっふ、らき☆すた、氷菓 が懐かしすぎる。
特に、美麗という意味では方向性が近そうな氷菓については、 Blu-ray の副音声に演出意図の解説が非常に丁寧に記録されているので、石立監督を初めとしたこれから京アニを背負う方々には、故人の完璧な演出を深く文化として継承してもらいたいと強く願う。
【音楽について】
もともとこれ以上ないほど美しい Evan Call 先生のクラシカルな作曲・編曲の集大成が聴けたのは大変良かった。
あまりに音楽が素晴らしく、劇場(かなり素晴らしい箱のはずですが)の音が物足りなく感じた。おそらく映画劇場はセリフとサブウーファーで表現される効果音の迫力に全振りしていて、劇伴は2の次なのかなと初めて感じたかもしれない。
熱烈ファンは是非 Blu-ray や数年後のネット配信などで、改めて楽曲を鑑賞し直してもらいたい と思う。