「狭い正義が罪へと至る」THE GUILTY ギルティ(2018) 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
狭い正義が罪へと至る
2019年アカデミー賞外国語映画賞の最終選考にまで
残り、ハリウッドリメイクも決定したデンマーク発の
サスペンススリラーが公開。
主人公が緊急通報センターのオペレータということで、
観客は主人公アスガーと同じく進行中の誘拐事件の状況
を聴覚のみで把握することを強いられるわけだけど、
やっぱこういう手法はサスペンスフルで良いっすね。
受話器の向こうの人物は無事なのか? 周囲に危険は
無いのか?
聞こえてくる息遣いや沈黙が怖い。
突然電話が切れた時のクリフハンガー感も怖い。
……と、褒めておきながらいきなり盛り下げる
ようなことを書いてしまうのだが、サスペンス映画
としての本作の手法そのものは決して「超斬新!」
と呼べるほどのものではない。
恐らく皆さんもご存知の通り『フォーン・ブース』
『ザ・ウォール』古くは『裏窓』など、聴覚や視覚
などの手掛かりを極端に制限することで緊張感を
生み出すスリラー映画というのは散見される訳で、
それに本作の場合、"音"そのものをヒントに事件の
手掛かりを得ていく演出もあまり無いし、プロット
だけ聞けばハル・ベリー主演の『ザ・コール/
緊急通報司令室』にそっくりだったりもする。
だがこの映画がユニークなのは、
まず"警察官の主人公VS誘拐犯"というシンプルな図式で
勧善懲悪ものを匂わせておきながら、実は主人公の方が
無自覚な“罪人”になっていくという点。そして、情報
を限定する手法で緊張感を生み出すだけに留まらず、
手法そのものが物語のテーマにも繋がっている点だ。
...
主人公アスガーは、女性や子どもといった弱い立場の
人間の為に懸命になれる、正義感の強い人間ではある。
だが問題は、彼が自分の判断を疑うことをしない人間であること。
電話を受けて「一刻も早く被害者を救わなければ」と
考えるのはもっともだが、そこから先がおかしい。
不祥事を起こして捜査権限を持たない身でありながら、
彼は独自に事件を解決しようと躍起になる。なんでも
独断でコトを進め、周囲とも殆ど情報共有を行わない。
協力を要請された同僚や司令室側が「何が起こってる?」
と訊いても、彼の返事は基本「とにかくやれ」である。
いくらなんでもここまで情報制限する人っておるかね?
とは思うが、「報告したら自分で捜査ができなくなる」
「自分なら最速最善の方法で事件を解決できる」
とでも考えていたんだろうか。
だが彼はその“捜査”で次々にミスを犯す。
イーベンの娘マチルデに幼い弟の無惨な姿を見せて
しまったことなどは最悪のミスだ。怒り任せに容疑者
へ直接電話をかけたりもするし、彼はおよそ冷静な
判断というものができていない。あれらのミスは、
極端に限られた情報を、彼が自分の先入観のみで
解釈したために起きたものだ(『助けを求める側が
被害者』『元犯罪者の話は信用できない』など)。
各所と情報を共有して、関係者宅に捜査員を送って
いれば、もっと穏便に事を運べたかもしれないのに。
最後にアスガーが起こした不祥事についても判明するが、
それも独り善がりな考え方から起こしたものだった。
イーベンの事件で次々とミスを犯すまで、
彼はずっと自分の先入観のみに基づく正義を
疑ってもいなかったんじゃなかろうか。
主人公だけにフォーカスした極端に狭い視野の映像、
ブラインドを下ろした狭く暗い部屋などは、そのまま
主人公自身の狭くて暗い頭の中だったのだと思う。
...
前科者だろうが警察だろうが、立場に関わらず人は
罪を犯す。特に本作が描いていたのは、自分の行為
が正しいと信じ込んだ結果、罪を犯してしまう人。
『地獄への道は善意で舗装されている』なんて諺が
あるが、良かれと思って為したことがかえって悪い
結果を招くことが、世の中では往々にして起こる。
ニュースで流れる事件や歴史的な犯罪を思い返しても、
勝手な正義や思い込みで恨みつらみを募らせたり、
自分の意のままに他人を従わせようとして、結果的に
重罪を犯した人がどれほど多いことか。彼らはきっと
自分が犯罪者になるなんて思ってもいなかったろうし、
未だに鉄格子の向こうで『自分は正しいことをした』
と考えてさえいるかもしれないのだ。
土壇場で自分が罪人であると気付けた主人公は、
最後にようやく人の命を救うことができた。
「あなたは良い人ね」というイーベンの言葉は
彼にとって最大級の皮肉だったかもしれないし、
彼がイーベンにとってようやく“善人”になれたとて、
それで彼が犯した罪が帳消しになる訳ではない。だが、
きっとそんなことは主人公自身が一番分かっている。
最後に彼が電話を掛けた人物は明かされないが、あれは
冒頭で連絡してきた事件記者に、自分の事件について
洗いざらい話すつもりだったのではと考えている。
...
主人公の行動がいくらなんでも極端過ぎたり、もっと
聴覚を使ったギミックで緊張感やミステリ的面白さを
持たせてほしかったと思う部分はあるけれど――
他人の意見を聞かず信じず、「自分は善だ、正義だ」
と頑なに信じて疑わない者こそ、最も重い罪への道を
ひた走っていることがあるかもしれない。
ソリッドシチュエーションスリラーとしてのエンタメ性
をしっかり持たせながら、そんな戒めも思い浮かばせる
佳作でした。3.5~4.0で迷ったが、4.0判定で。
<2019.02.23鑑賞>