「王に捧げよ我らの首を」ヘレディタリー 継承 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
王に捧げよ我らの首を
新鋭アリ・アスター監督、主演トニ・コレットとガブリエル・バーンが製作総指揮も務めたホラー作。
海外予告編を見掛けたときからその異様な空気感でずっと気になっていた作品だった。
公開後も高評価で、そこからなるべく情報をシャットアウトして鑑賞に臨んだのだが――
あ。ああ。これは駄目だ。これはいけない。なにやってんの。
怖い。めっちゃ怖い。想像を遥かに超えて、怖過ぎる。
僕は元来ビビりではある。だけど、映画を観ながら
歯がカチカチ鳴りそうなほどの恐怖に襲われたのはいつ以来だろう?
自然と呼吸が浅くなるほどの緊張感を味わったのはいつ以来だろう?
『シャイニング』『インシディアス』は超怖いが演出を楽しんでもいた。
高校の頃に観た『キャリー』『呪怨』ではトラウマ級の恐怖を
味わったから、そのあたりが感覚的には近いのかもしれない。
恐怖度ではなく全編を覆う異様さなら『ウィッチ』もやや近い?
とにかく言いたいことは……これまで自分が観てきた恐怖映画の
中でも本作はかなりユニークで、そしてトップクラスに恐ろしい。
...
恐怖映画にはある程度のフォーマットが存在すると思う。
それは例えば序盤で怪異の存在と特徴を匂わせ、登場人物たちがその
怪異に襲われつつも正体の解明に向かう、という全体の流れだったり、
細かな演出で言うなら「振り向いた途端に目の前に……」とか
「いったんキャラクターを落ち着かせた直後にドカン!」とか
そういったテクニックだったり。
まずもって本作が恐ろしいのは、
そんな恐怖映画のフォーマットが、
全くと言っていいほど通用しない点。
怪異が存在するかすらも明確に分からないのに、
何かにずっと狙われているという不気味な感覚と、
細かな違和感・不穏さ・異様さ、そして
紛れもなく明確な実害だけが淡々と示される。
闇の奥の人影。
ドールハウスの影。
ツリーハウスの光。
鳩の首。
電柱。
蟻。蛆。蠅。顔。蟻。顔。ボール。
舌打ち。舌打ち。舌打ち。
笑う分身。砕ける鼻。
燃える女。手を振る女。怒号する女。
墓の土。炉の火。光の環。
浮遊する躰。扉を乱れ打つ頭。
平伏す屍。
理解できないもの、得体の知れないもの、
こちらに悪意があるかの意思すら読めないもの。
それらはもはや根源的なレベルの恐怖対象だと思う。
この映画は全編にその「得体の知れなさ」が充満している。
それこそ空気中から酸素を追い出してこちらを窒息させるほどに。
開始30分のあの道路上での悪夢的映像や、
クライマックスでの"さくさくさくさく"は
まともに文章に起こすのも躊躇するほどのトラウマ級映像。
レビューを書く以上は腹を括って思い出している訳だが……
正直、いまも半分鳥肌立った状態でこの部分を書いている。
...
この映画、外観もヘビーだが内面もヘビー。
家族を失った人々の後悔と怒りと哀しみがものすごくリアルかつ
しんどい重量感で描かれているのもユニークかつ恐ろしい点。
主演トニ・コレットが凄い。
彼女の身を裂くような慟哭と絶叫、そして家族との
罵り合いは凄まじい重量で心に圧し掛かってくるし、
激情から一瞬で意識のスイッチが切れるような所作も怖い。
娘チャーリー役ミリー・シャピロは映画初出演だそうな。
チャーリーは、普通の子供とは何かがかけ離れている。
残酷さに対する概念が欠けているのか、異なるのか。
映画全編の空気を支配する異様な存在感があった。
息子役アレックス・ウルフ。
自分の行為への後悔と母への愛憎がぐちゃぐちゃに
入り雑じる彼の演技もものすごく重苦しい。
そして父役ガブリエル・バーン。一番正気な役だし、
良い夫だし良い父親だったのに……可哀想過ぎる。
彼らの必死の気持ちを道具のように利用し、
目的を果たそうとするどす黒い邪悪。
アニーが手掛けていたドールハウス。
だが人形のように眺め回されていたのは……
好き勝手に配置され弄ばれていた人形は……
アニーたち家族の方だったのか。
...
役者陣の優れた演技と、ひたすらに得体の知れない恐怖の数々。
127分というホラー映画としてはかなりの長尺ながら少しも
長さは感じなかったけれど、その一方で「後生だからこの物語
から早く解放して……」という矛盾した思いで鑑賞もしていたし、
席を立つ時には、プールから体を引き上げる時のように体が重く感じられた。
いやはや、三十代半ばでなお夢に見そうなほど怖い映画に
出逢えるとは……これ、喜んでいいことなんだろうか?
正直この映画をしばらく観直す気にはなれないけれど、
こんな恐怖映画には滅多にお目にかかれないと思います。
ええもう、はい、5.0判定です。
<2018.12.01鑑賞>
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余談:
得体が知れないことが怖いなら!
折角だし物語の流れを整理して恐怖を軽減しておこう。
・地獄の八王のひとりペイモンの崇拝者たちが彼の召喚を策略。
→一派の長あるいはペイモンに見初められた王妃、
エレン・リーの一族にペイモンを降ろそうと考える。
→ペイモン召喚には男の肉体が必要。
→アニーの父と兄は儀式に失敗して召喚前に死亡?
→エレンは孫チャーリーを気に入るが、必要なのはピーターの肉体。
→エレン死亡(意図的か偶然かは不明)
→チャーリーを殺害(電柱に紋章=呪術的手段?)
→ジョーンをアニーに差し向けて降霊術を伝授。
→夢遊病のアニーにエレンの遺体を運ばせる(アニーの手に黒い土)。
終盤の流れを考えるに、おそらくはエレン自身が憑依して実行。
→アニー、降霊術でチャーリーとエレンの魂を自宅に招き入れる。
→アニーを騙し、障害となる夫スティーブンを殺害。
→アニーにエレンが憑依。
→ピーターを自死に追い込む。
→ピーターの肉体にチャーリーを降ろす。
→ピーターの肉体を持つチャーリーにペイモン召喚。王位継承。
→Long Live the King!
なんだこれ、やっぱ怖いよッ!!
浮遊きびなごさんの絶賛レビューを読んで、本作のことが気になり、
元々ホラー映画はあまり得意ではないのですが、観に行ってきました。
……もう、最悪に(最高に)怖かったです!
実は最近、別の和製ホラー映画も劇場に観に行ったのですが、
“怖さ”という点において、本作はまさに桁違いだと思いました。
何よりもおそろしいのは、アリ・アスター監督です。
30歳という若さで、長編監督デビュー作でありながら、
このおっそろしい完成度の高さは一体どういうことなんでしょうか……。